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第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:鋏音 
筆名:羽場良日

人間、この年になると、古い知り合いに会う機会いうたら、葬式ばっかりですわ。
去年の十二月に、昔なじみが逝きよって。信さんいうてね、菊師仲間やったんです。
 菊師いうのは、菊人形に菊を入れる職人です。そうそう、枚方の大菊人形展いうて、ありましたやろ。今はもうやってへんけどね、昔は大展示場に何十体と並べたんですわ。全国から職人が集まって、開幕前の一週間ほどで人形の枠に菊を入れるんです。寝泊まりする家が敷地の奥にあってね。まぁ、もうみんな顔なじみですわ。ここが終わったら次はあっち、ゆうて、全国の菊人形展を渡り歩く者もいます。菊人形展は秋の一時に集中するから、職人はひっぱりだこです。
 信さんもそういう職人のひとりで。枚方で結婚して、こっちにおったんですわ。儂は親父が死んで、畑継ぐことになって早くに辞めたんやけど、大菊人形は毎年見に来た。法被来て菊を着せ替えてる信さんの姿を、客用通路からちらっと見たりすると、誇らしくてね。ちょっと羨ましくもあったな。
 葬式の祭壇は、娘さんの計らいで、いっぱいの菊で飾ってあった。式場中に芳しい香りが満ちてました。あの香りに包まれたら、何や昔のこと思い出して、泣けてきた。
 焼香が始まったら、「ちゃん、ちゃん」て金気の音がしますねん。最初は気のせいかと思った。けど、またしばらくすると「ちゃん、ちゃん」いうんです。微かな音なんやけど、この耳ではっきり聞いた。で、思い出したんですわ。
 ああ、信さんの鋏の音や、て。
 職人はひとりひとり、音に癖があるからね。  
 そしたら、隣に座ってた職人仲間が、
「菊の香に誘われて、信さんが来とるな」
 いうから、二人で泣き笑いですわ。
 じっとしとれんのやね。あの香り嗅ぐと。 
 いや、これはまた年寄りの長話。
 えらい、しょうもない。