第二回「大阪てのひら怪談」佳作受賞作品

作品タイトル:前回 
筆名:赤い尻

「あの、心斎橋へはどうやって行けばいいでしょう」
 なんばの小さい交差点で信号待ちをしていると、学生風の男二人組に声をかけられた。喋りかたから関西の人間ではないだろうと感じる。
 彼らの背後がちょうど地下街への出入り階段だったので、「そこから地下鉄に乗ればひと駅ですよ」と答えると、「ぼくたち歩いて行きたいんです」と言う。たしか歩いても十五分とかからないはず。が、とっさに示すべき方向がわからず、「すみません、このへんに詳しくないもので」と詫びる。すると彼らはにこやかに「そうですか」と頷くと、「ではこれをどうぞ」とポケットティッシュを差し出した。
 反射的に受け取って青信号を渡る。
 じわりと奇妙に思ったのは地下鉄で梅田に着くころだった。
 受け取ったものを検めるも、何の広告も入っていない単なる新品のポケットティッシュだった。
 一週間後、およそ同じ時刻に同じ交差点の赤信号にひっかかった。
 立ち止まろうとしたところ、信号待ちの人波から明らかに浮いている人物が目に入った。胡麻塩の長い髪を乱し広げた女が、大袈裟な仕草と表情で通行人の顔を一人ひとり覗きこんでは、皆に見て見ぬふりをされている。
 私は反射的に踵を返して駆けた。
 女の削げ痩せて骨ばった両手に、ポケットティッシュが束で鷲摑みされているのが見えたからだ。

 2016年2月6日土曜日と翌週の2月13日土曜日、大阪てのひら怪談トークイベントに参加した帰路での出来事である。