応募作62

「血」

中森臨時

「俺は純粋な大阪人だから」。昔付き合っていた男の口癖。
「俺は純粋な大阪人だから、この味は許せないな」「俺は純粋な大阪人だから、この映画は……。」「寝坊してごめん。俺は純粋な大阪人だから」等々。大阪弁を捨てた人間が何を言っているのか、と思いながら私は聞き流していた。
 さすがに彼の口癖が癇に障った時があった。純粋な大阪人であることがそんなに誇りなら、堂々と大阪弁を話せばいいのに、と皮肉った。彼は平然と答えた。
大阪弁を話すことが純粋な大阪人の条件じゃないし、三代続けて大阪に住んだら純粋な大阪人ってわけでもないよ。ルーツからして、純粋な大阪人のほとんどが大阪に住んでいるのは確かなんだけど、俺みたいなのが東京にも少しはいるみたい。人混みの中で、かすかな匂いを感じる時がある」
 何それソースの匂いでも染みついているの。と馬鹿にすると、「匂いというかフェロモン? よく分からないけど、そういういくつかの形質が僕らのDNAに刻まれているんだ」と冷静に言った。「でも、時代とともに血は薄れて、もう2,000人くらいしか純粋な大阪人はいないらしい。俺は純粋種なんだよ」その目が笑っていなかったので、からかうのはやめた。
 結局、彼とは別れた。というか、彼は私の前から消えてしまったのだ。
 当時、彼とは同棲していた。私が友人と飲んで相当酔って帰った日、嫌がる彼をソファに押し倒し、無理やりキスをした。すると、彼は小さくうめきながら、どこかに穴が開いている空気人形のように、ゆっくりとしぼみ始めた。私は彼が小さくなっていくのを体で感じながらも、酔いに負けてそのままソファで寝てしまった。
 翌朝、ぎっしりと鉛が詰まっているような頭を無理に起こすと、彼の着ていた衣類だけが私の下にあった。どこかで友人と食べたのだろう、口には納豆の匂いが残っている気がした。彼とはそれっきり。
 お前は麹菌か。