応募作126

「牲(いけにえ)」 榛原 正樹 その昔、天然痘は痘瘡と呼ばれ恐れられた。 医師、緒方洪庵は大阪の道修町に治療所を開き、庶民に痘瘡予防の種痘を呼びかけたが、世間の偏見は根強かった。 ある日、そこへひとりの男が訪ねてきた。「ごめんくださいまし。痘瘡…

応募作125

「ドッペルゲンガー フロム 大阪?」 小野 創 「ちょっとなんでやねんって言ってみて」ある日私はそう言われた。 その日私は街で知らない人に声をかけられた。人違いをされたらしい。しかし否定してもその人は私が別人である事を認めようとしない。「顔も服…

応募作124

「カッちゃん」 御於紗馬 「橋本勝吉です。よろしくお願いします!」 大阪から転校生が来ると聞いていたので、僕たち―4年3組の全員―は本場の大阪弁が聴けると期待していたのだけど、カッちゃんの言葉はNHKのアナウンサーかテレビの俳優さんのような、訛…

応募作123

「河童の住める道頓堀に」 御於紗馬 先日の大阪市議会に提出された「道頓堀川の水質浄化を向上させるために河童を放流する条例案」が物議を醸している。これはNPO法人「妖怪科学研究所」による提言で、同研究所の説明によれば「水生生物の中でも上位捕食…

応募作122

「ふれあい動物園」 高家あさひ 「どうぶつえんまえー、どうぶつえんまえ」 駅に電車が止まるたびに繰り返されるこのアナウンスに、ぼくはまだ慣れない。「まえ」の部分が上がって下がるイントネーションではなく、平板に発音される。そのことへの違和感が、…

応募作121

「太閤はん」 中野笑理子 会社の登記簿謄本を取りに、谷四の法務局まで行った。庁舎を出ると時刻は昼前、オフィス街の客を目当てにお弁当の販売車がそこここに出店している。さて、お昼はどこで何を食べようか、それともお弁当を買って帰ろうか、見上げた晴…

応募作120

「常連客」 浩光 大阪てのひら怪談「常連客」 夏の雨。夜8時頃。タクシーの運転手のAさんは梅田の紀伊国屋書店からミナミへ男性客を乗せた。普段仕事に使っている車を車検と修理を兼ねて整備工場に出していたのでその日は、同じ会社の同僚の違う車種の車を…

応募作119

「マットプレイ」 船生蟹江 「お願いします。この辺詳しくなくって、やっとここに辿り着いたんです」 徹夜覚悟の出張仕事が予定外に早く終わった。御堂筋線の周辺は深夜でも明るいほうだが、宿を探して長々と歩き回ろうと思えない。だから仕事場から唯一見え…

応募作118

「看板に偽りあり」 大庭くだもの 立て看板には〈のっぺらぼう〉とある。わたしはマレーグマを見たかったのだが。 小糠雨がしとしとと降る動物園は人影もまばらだった。檻のまわりにはわたし以外、新世界からながれてきたらしき酔っ払いがひとり、四阿のベン…

応募作117

「女と焼肉」 洞見多 琴歌 「焼肉御馳走してくれるって言うから、鶴橋にでも連れて行ってくれるのかなって思った」 図々しい奴だと、俺は内心でヨシミを罵った。 お前に御馳走する義理などない。「たくさん肉が手に入ってさ。俺の家の中で悪いけど、どんどん…

応募作116

「新婚旅行」 瀬島 「えぇ、大阪に行くの?」 母はあきらかに不満そうだった。「うん、あんまり行ったことないし」「大阪、大阪ねぇ。新婚でそんなところ行くの? 美里さんが可哀想よ。 行くなら神戸にしたら? ねぇ、美里さん」「あはは、でも私も大阪って…

応募作115

「山道のパーカー」 洞見多 琴歌 岩湧山に登った日、下山時刻が遅れた。まだ山の中腹なのに、夕方の一六時を過ぎていた。山行は日没までの下山が鉄則。灯の無い山道は、日が暮れるとすぐに暗くなる。かといって、焦って傾斜を走れば事故につながる。日が暮れ…

応募作114

「彼のいる場所」 しんおかこう 橋の欄干にもたれて川を眺めていた。しとしと降る雨で、前髪から不規則に雫が垂れて鼻先を打つ。 この橋、題は忘れたが織田作之助が短編でみすぼらしいと書いていた橋。あの大江橋と比べてしまっては確かに華々しさはないだろ…

応募作113

「そのケモノとあのケモノ」 極北の山田 そのケモノにはあのケモノとは異なっている特徴がいくつかありました。 まず、人間の言葉を理解し、人間のように物事が考えられたのです。だからこそ、ケモノは自分があのケモノと違っているということに気づけたので…

応募作112

「橋と顔」 極北のヤマダ ほうか。明日が花火の日やったな。カズはちゃんと覚えとるんか。東京に住んどるのにな。え?あ、もう4年生か。ははは。4年生やったら忘れへんか。せやな。帰るのは明後日やろ。お父さんかお母さんに連れてってもろたらええわ。 ん…

応募作111

「河内湾」 万年青屋 地震の翌朝、起きてみると、町は水底に沈んでいた。 はるか頭上で、日の光がゆらゆらと揺れている。ちょうど二階建ての屋根のあたりが水面なのだろう。あたりはふだんより薄暗く、青い光に満ちていた。 雑居ビルの一つが三階建て以上あ…

応募作110

「話こうて」 K・N 大阪は落語発症のところだそうだ。その土地に関して嘘のような、法螺の様な話を聞いた。あるところに話査定屋というのがあったそうだ。どんな話でも、それがどんな話が評価をしてくれたそうだ。 ある時、八兵衛という男が自分の話を査定し…

応募作109

「くすぶり」 猫吉 大阪ではくすぶりと呼ばれていた将棋の真剣師がまだ存在していた頃の話だ。 通天閣のすぐそばに三Kクラブという将棋会所があった。そこにくたびれた背広を着た中年男のくすぶりがいた。 ひょんなことからそのくすぶりと対局することにな…

応募作108

「URL」 天野さん http://www.pref.osaka.lg.jp/ URLをクリックすると、ごちゃごちゃとした画面が表示される。 万博招致。環境施策。防災。福祉。振り込め詐欺に注意!エトセトラ・エトセトラ。 右上には選挙の時期によく見る知事の写真もある。 これ…

応募作107

「みっちゃんのいたずら」 たなかかなた 日曜日いたずら好きのみっちゃんから電話がきました。『すごい事思いついたよ。大阪に...』そこで電話は切れました。明日学校で詳しく聞こうと思います。 月曜日みっちゃんが学校に来ませんでした。先生が『あいつは…

応募作106

「大阪ラ・ボエーム」 安藤麗 よくいう金の切れ目が縁の切れ目。ましてや相手が大阪の女性なら、僕のような貧乏画学生にはそろそろ愛想も尽きて当然、なのに、いつもこうして無報酬で絵のモデルを務めてくれる。 今日の制作ははかどらなかった。夜も遅いし、…

応募作105

「四十九日のかさのもち」 松岡永子 ご本家のひいばあちゃんが亡くなった。 本家は古い家だ。たいした格式はなさそうだが、とにかく古い。小さい頃にはよく泊まりにいった。 ひいばあちゃんはいつも一番奥の座敷にいた。 ひいばあちゃんはぼくを特別に可愛が…

応募作104

「阿倍野王子町あたり」 松岡永子 路面電車を降りて路地に入る。 ぼくはほんとうに方向音痴なのだけれど、あっさり安倍晴明神社に出る。稲荷社の鮮やかな朱が目に飛び込んでくる。記憶ではもっとくすんだ風景だった。清明産湯の井。前脚だけを地につけた、降…

応募作103

「暗峠」 光道 進 国道は細くうねり、東大阪に延びている。車1台がすれ違うのがやっとの道途中より歩くほかない急な坂道になり舗装も消える。 二人はその街道に足を踏み入れたのは初めてだった。車を途中で山脇の道に止め歩いて史跡を回るはずだった。軽いハ…

応募作102

「愛りん」 光 道進 大阪に始めて来た。 大阪出身の友達が案内してくれた。 ホテルや旅館を当たるが金のない俺にとってはきつかった。 友達は思い出したように「あそこなら安く泊まれる。」と言うと案内してくれた。ドヤ街の中を歩き1000円という格安ホテル…

応募作101

「臨時ニュース」 ジョニー・デップリー 臨時ニュースです。堺市堺区田出井町の大阪刑務所から脱獄し逃走していた男は、先ほど立ち廻り先で、警察官に身柄を確保されました。 脱獄者関連の続報です。先ほど身柄を確保されたと報じた男性ですが、脱獄し逃走し…

応募作100

「おっさん山」 伊止止 「おっさん山」は、子供の頃近所にあった雑木林の小山だ。「おっさん」とは山の地主の爺さんのことで、無断で山に入って彼に見つかると、怒鳴られ長い説教を食らったものだ。 夏のある日、虫捕りに「おっさん山」に入った友達が、大人…

応募作99

「重要機密」 剣先あおり トムクルーズ主演の「宇宙戦争」が公開されたとき、大阪中が騒然となったのは「大阪では(トライポッドを)何体か倒したらしいぞ」というセリフだった。 何故、東京ではなく、大阪なのか。どうしてスピルバーグがその理由を知ってい…

応募作98

「柳と双鳥の皿」 勝山海百合 去年の暮れ、東洋陶磁美術館で汝窯の水仙盆をじっくり眺めた帰り、なにわ橋駅の券売機前に戸惑う様子の男性がいたので声をかけた。灰色のギャバジンのコートを着た三十歳くらいの人で、聞けば堂島に行きたいとのこと、切符の買…

応募作97

「餌」 大和川葭乃 鳥は恐竜の進化した姿だという。今こうして、アオサギを間近にしてみると、先日テレビで観た遺伝子操作で現代に復活した恐竜が人間を襲いまくる映画に出てくる小型の恐竜に似ていなくもない、と思えてくるから不思議なものだ。 粉浜の商店…