応募作168

「路地」

瀧村智日

 

ジングルベルが流れ、そこここにクリスマスツリーが飾り立てられている。今年もそんな季節になったか。俺はぼんやりと人混みを眺めやった。
出張で久しぶりに訪れた心斎橋筋商店街は俺の記憶と随分違っていた。アーケードを埋め尽くす人の波の半数以上は外国人だろう。ひときわ大きく聞こえてくるのは中国語か。昔はこんな風ではなかった。俺がこの界隈で遊んでいた頃はバブルの真っ只中。肩パッドの入ったダブルのスーツに身を包んだ男たちと、ボディコンと呼ばれたファッションで着飾った女たちが商店街を闊歩していた。深夜にもかかわらず花屋がワゴンで営業し、男たちはそこで買った花束を女たちにプレゼントしていた。そうだ、人混みの主役は俺たちだったのだ。いつの間に大阪はこんな外国人の街になってしまったのか。やり場のない怒りが浮かぶ。頭が痛い。酒と人混みに酔ったのか、アーケードの照明さえ目に刺さる。俺は人混みを避けて店と店の間にみつけた一筋の闇に転がり込んだ。ひと一人がやっと通れるような細い路地は湿った空気と暗闇で満たされていた。この方向だと御堂筋に抜けられるはずだが、それと思われる灯りは随分遠くに見える。俺は路地をよろよろと歩きだした。酔っ払いが吐いていった反吐を踏みつけて危うく足を取られそうになる。ふと前を見ると路地に入って来る人影が見えた。広い肩をゆっくり揺らしながら歩いてくる。くそ、こっちが先だ、遠慮しろ。怒りで膨張した血液が視界を赤くする。歩く速度を上げる。距離がぐんぐんと縮まる。避ける気はないのか!
突然、辺りを眩い灯りが照らし出した。こんなところに人感センサー付きの照明が。男の顔が照明に浮かび上がる。それは――。見紛うべくもない、若い頃の俺自身だった。ニタニタと締まりのない笑顔を浮かべていた若い俺は、耳まで割けるほど大きく口を開いた。最後に俺が見たのは若い俺の紫色の舌だった。