応募作165

「石段」

アオ

 

 小学校に上がる前だったように思う。うちの家族と、祖父母といとこ家族の親戚一同、そして私に懐いていた飼い犬を連れて花見をした。
 私たちが花見をしていたのは荒山公園といって、一三四〇本の梅林や桜など人々の目を楽しませる花々が一年を通して美しく咲き乱れている。この公園は泉北ニュータウンにある多治速比売神社の一角にある。
 花見に適した平地になっている公園の方から高台にある多治速比売神社に行く石段を父がその石段を上がっていくのが見えたのでついていくことにした。
 本殿は朱塗りの豪華な建物で荒山公園も花々で見た目に美しいが、石段は違った。地味な灰色の石段は長々と続き、その周りは緑の木々が生い茂っているだけだった。段々とあたりは暗くなっていくし足も痛くなってきた。いつまでたっても本殿に辿り着かないのも気味が悪い。
 どこまで歩いても父に出会うことはなかった。私を置いてどこにいくのかと興味本位でついてきたのを後悔した。ずっと歩くうちに髪についていた飾りをどこかに落としてきたことに気が付いた。父にもらったものでとても大事にしていたものだったので泣きたくなった。
今までの道を振り返ろうとすると犬の大きな鳴き声が石段の上から聞こえてきた。そちらに目を向けると公園に置いてきたはずの飼い犬がこちらに向かって走ってくるところだった。私のスカートの端をくわえてぐいぐいと引っ張りながら本殿へ出た。明るく開けていて参拝者もたくさんいた。また石段の方へ戻る気はしなかったのでぐるっとまわって荒山公園の方へ戻った。
花見をしていた場所に戻るとみんなにすごく心配されていた。私が神社の石段を上がっていったのは昼過ぎだがもう日も暮れてあたりが暗くなり始めていた。私を心配する人々をみながら気づいた。そこに父はいないのである。異国の地で仕事をしている彼があの石段を登っていくなんてありえないはずだった。