応募作81

「シャッター付貸ガレージ」

赤い尻

 大阪南部には長屋式のシャッター付貸ガレージが多い。外壁はコンクリや波板トタンでいずれも重い灰色、やはり灰色のシャッター扉がずらりと並ぶ、細長いバラックだ。全体的に錆っぽく、古い工場のようにも見える。片流れの屋根が工場を想起させるのだろうか。
 あるとき人気の少ない通りを歩いていると、唐突に間近で大きな物音がした。バシャ、バシャ、とひどく耳触りだ。音をたどると、すぐそばにある貸ガレージの一番手前のシャッター扉が音と連動してぶるぶる揺れている。そこはガレージが対面して二棟並んでおり、「月極」「空あります」等の看板の他は何も無い、殺風景な敷地だった。ふとP事件が脳裡をよぎる。ミナミの飲食店で拉致された女性は大阪南部のガレージに監禁されていたのではなかったか。犯人が立ち去った後、被害女性はシャッター扉を叩いて近隣の人に助けを求めたのでは。不吉な連想に緊張して立ち止まると、
 ほと、ほと……
 弱く二度扉は叩かれ、そして止んだ。咄嗟にその場を離れ、しばらく遠目に様子をうかがう。自転車の老人や買い物姿の小母さんが二三人通るも、もう音はしないようだった。こわいというよりある種の気まずさが残り、しばらくはその通りを避けた。しかしふた月ばかり経ち印象も薄れたある日、ふとその通りを選んでいた。とはいえやはり気になり、貸ガレージを横目で見遣る。「×」印が、件の一番手前のシャッター扉いっぱいに、スプレーで黒々と殴り書かれていた。
 よくわからないなりに、一連の出来事を世間話として夫に話してみることにした。笑い話の類ではないが、テレビ番組の感想よりはましだろう。深夜仕事を終えて帰ってきた夫を玄関で出迎えると、夫の右頬が黒く汚れている。皮脂で少々ヨレているが、確かに×印だった。×印は水で洗うとすぐに流れ消えたが、私は貸ガレージの話を止した。