応募作58

「動物園へ行こう」

鳥原和真

 獣舎では、動物が壊れた玩具みたいに同じ順路をぐるぐる回っていた。
 檻の中に閉じ込められていると、へんになるのかしら。妻が言った。ストレスよね。当てつけのようだと、私は思う。
 夜間開放の物珍しさもあるし、たまには家族で外出も良い。子供は動物園を必ず喜ぶものとも考えていた。けれど娘は随分駄々をこねた。仕事を残してわざわざ予定を立てたのに。苛々しながら、私は半ば無理やりに連れて来たのだ。
 ふれあい広場には馬や山羊がいた。手渡しできる餌を買ってやったら、ようやく娘も素直になって家畜のいる方へ駆けて行く。
 私たちのことも、たまに餌、あげれば良いくらいとしか思ってないんじゃない。
 娘の背中を見ている私に妻は言う。
 こうやって連れてきたのに不満なのか。
 あなたって、ほんと身勝手よね。
 妻の小言を無視して、柵の前にいる娘の隣へしゃがんだ。土の上には糞やふやけた餌の塊が小山になっていて、虫がたかっていた。白い幼虫が頭を出したり入れたり。私の前に寄ってきた山羊が無表情にそれを食べた。太った幼虫の尻が口の端から出て、ぴょこぴょこと左右に振れる。
 かわいいね。私が声をかけても娘はうなだれたままだった。ご機嫌取りに渡したソフトクリームが食べかけのまま、娘の手を伝って白いお漏らしのように溶け落ちている。
 ああ、また駄目になった。家の居間であれからずっと、娘は虚ろな目をしてテーブルの周りを回っている。檻の中の動物みたいに。
 ちゃんと直るまで外に出せないな。
 胸ポケットに入れていた瓶を開けると、中から一匹の蝿が飛んだ。蝿は私の手の甲に止まると、不満そうに両足を擦った。
 あなたって、ほんと身勝手よね。
 天井からぶらさがったままの妻から、フローリングに音を立てて太った蛆虫が落ちた。