応募作167

「気質」

君島慧是

 

「わしら、ほら書物でしょ、センシチブな。あまり大衆に迎合しないとか思われがちの」
「絶賛大サービスしますけどね。中身でね」
「古本やってもう長い。日がな一日、棚でぼーとしている。そこでな、消費者ニーズに訴えかけるのが大事だと、わし考えた」
「待ちの古本が、攻めに入るわけですね」
「自分、いいこと言うな。いまの時代ニーズを掴むのが肝心って言うだろ? つまりな、消費者の望むようにしたら、このうめ茶小路をいち早く抜けだせると、こういうわけだ」
「すこぶる無駄な努力だって気がしますけど。それに、わたしは掌編集だからまだしも、だんさんシリーズものでしょ、しかも最終巻」
「大阪の人間の気質って、なんだと思う?」
「気質? 粉もの……違う違う。気質ねえ」
「遅いおそい。せっかち。みんな急いでる。大人も子供も皆急ぎたい。角の婆さんなんて、時間潰しのお茶のみにいつも小走り。そこでわし考えた。つまり本のわしがな、活字をさささーと走らせてさしあげようというわけだ。読む眼の速さより速くな。ニーズの一歩先二歩先をな。足りないところは、わしが心の声で囁いとくから、読者諸兄は要点だけ追っていれば話がわかると、こういうわけだ」
「それ、文体を完全に無視していませんか」
「試しにやってみせるから、そこでおとなしく、目の玉かっぽじって見ていなさい」
 ・・・・・は・・・走・・る・・・・・。
「おー、走ってる走ってる。わけわからないまま活字が走ってる。たまに活字が見えるけれど、ほとんどただの・。ほぼ点点点」
 マイ・・・・・・・・・・・・・ず・・・・る・・・・。
「ちょっとちょっと! 主人公の名前変わってる。それじゃ地名、しかも近い近い舞鶴
 コ・・・ー・・出る・か。
「ちょっとたんま! いまの失敗、転んだじゃないか。誰だ、ホチキスの針挟んだの!」
「もうええわ」

応募作166

「柵」

理山貞二

 

 今はもう、そんなことは起きない。施設も環境も変わり、対策が為されている。けれども公園の外周にまだ柵はあって、車で近くを通るたびに僕は子供の頃のことを思い出す。
 万博跡地が好きだった。阪急山田駅を降りて西口から入り、有料の美しい公園を抜けていくルートがお気に入りだった。その日も妹と二人で、民俗学博物館だか、肥後橋に移る前の国際美術館だかに行ったのだと思う。そこまで行くには、いったん公園から出なければならないが、ゲートで出場券を取っておけば再入園できる仕組みになっていた。
 どこでなぜ長居したかは覚えていない。気がついたら午後五時の閉園時間を過ぎていて、公園のゲートは締まっていた。帰り道を封じられてしまった。出場券と妹の手を握って、僕は駅に戻る道を探した。
 公園は高い柵に取り囲まれている。その柵をつたっていけば、ぐるりと回って西口まで出られるはずだと思った。あるいはどこかに切れ目があって、中に入れるかも知れない。僕と妹は柵に沿って歩き始めた。バスでほかの駅へ行くという知恵は思い浮かばなかった。
 柵はどこまでも続いていた。いくら歩いても途切れることはなかった。それでも歩き続けたのは、僕たちと同じような子供がほかにもいたからだ。目深に野球帽を被り、ときおり片手に握った何かを覗きこみながら、しかし自信ありげな足取りで前を歩いている。
 夕暮れの中、僕たちは歩き続けた。警笛を鳴らしながら、何台もの自動車が右脇を走り去っていく。僕たちが歩道だと思っていたのは、中央環状線の路肩だった。
 不意に一台の車が目の前で停まった。野球帽の子供が素早く乗り込んだ。車のリアガラス越しに、帽子とその下の笑顔が遠ざかっていった。
 車で巡回警備をしていた公園の管理人が、そのしばらく後で僕と妹を助けてくれた。子供が握っていたのは、たぶん小さな鏡だったと思う。

応募作165

「石段」

アオ

 

 小学校に上がる前だったように思う。うちの家族と、祖父母といとこ家族の親戚一同、そして私に懐いていた飼い犬を連れて花見をした。
 私たちが花見をしていたのは荒山公園といって、一三四〇本の梅林や桜など人々の目を楽しませる花々が一年を通して美しく咲き乱れている。この公園は泉北ニュータウンにある多治速比売神社の一角にある。
 花見に適した平地になっている公園の方から高台にある多治速比売神社に行く石段を父がその石段を上がっていくのが見えたのでついていくことにした。
 本殿は朱塗りの豪華な建物で荒山公園も花々で見た目に美しいが、石段は違った。地味な灰色の石段は長々と続き、その周りは緑の木々が生い茂っているだけだった。段々とあたりは暗くなっていくし足も痛くなってきた。いつまでたっても本殿に辿り着かないのも気味が悪い。
 どこまで歩いても父に出会うことはなかった。私を置いてどこにいくのかと興味本位でついてきたのを後悔した。ずっと歩くうちに髪についていた飾りをどこかに落としてきたことに気が付いた。父にもらったものでとても大事にしていたものだったので泣きたくなった。
今までの道を振り返ろうとすると犬の大きな鳴き声が石段の上から聞こえてきた。そちらに目を向けると公園に置いてきたはずの飼い犬がこちらに向かって走ってくるところだった。私のスカートの端をくわえてぐいぐいと引っ張りながら本殿へ出た。明るく開けていて参拝者もたくさんいた。また石段の方へ戻る気はしなかったのでぐるっとまわって荒山公園の方へ戻った。
花見をしていた場所に戻るとみんなにすごく心配されていた。私が神社の石段を上がっていったのは昼過ぎだがもう日も暮れてあたりが暗くなり始めていた。私を心配する人々をみながら気づいた。そこに父はいないのである。異国の地で仕事をしている彼があの石段を登っていくなんてありえないはずだった。

応募作164

「柿の木に」

生古麻六万寺

 

岩湧山は河内の国、大阪と和歌山との境に近い、山頂の茅場の有名な山でありますが。
年の暮れも近づいた冬の日。私はその山にほど近い、天見の駅を降りました。
山道をしばらく進むと、むき出しになっていた岩肌に、雨に降られたのだろう、夏用と思われる薄い生地のスーツジャケットが、濡れてぴったり張り付いていました。
こんな山の中にスーツで来て、しかもそれを脱ぎ捨てていくなど、奇特な人がいたものだと思ったのですが、次の瞬間には乾いた笑いに変わりました。
私自身もまた、スーツ姿のまま、山を歩いていたからです。
お恥ずかしながら、私はその日。
度重なる長時間労働にまいって職場に行かぬ電車に飛び乗った挙げ句、ぎりぎり大阪には留まったという結果が、天見駅での下車だったのです。
自分の他にも、仕事に嫌気がさして山まで来た人がいると思えば愉快ですらありましたが、その気分は、すぐに落とされてしまいました。
針葉樹のまっすぐ伸び並ぶ中に、一本だけくねりと枝を広げた柿の木。
その枝に、輪になったロープが括り付けられていたからです。
自殺か、見えぬ藪の向こうに、もしや死体がと足がすくみましたが、あったのは夏服。
だとしても、冬までには誰か見つけているはずだと心を落ち着けますと、背中にびしゃりと衝撃をうけました。
冷たい水しぶきが首筋にかかりました。
足元には先ほど落ちていたスーツ。これを投げつけられたのだと思いましたが、あたりを見渡しても誰もいない。
なのに、ぱきり、ばきりと枝を踏み折るような音が私を取りむように鳴るのです。
怖くなってもう帰ろうとしたのですが、足を踏み出した瞬間、ぐっと後ろへ引っ張られて思いきり尻餅をついてしまいました。
肩から提げた鞄に、真っ白な、蛇のようにぐにゃりと伸びた腕が、藪の中から掴み掛かっていたんです。
鞄を肩から外して、慌てて逃げ帰りました。
生きたものとは思えない、ぶよぶよとして、血の気のない腕でした。

応募作163

「道頓堀の清掃」

築地つぐみ

 

 船の上から見えるゴミを、手に持つ網ですくう。地味な作業ではあるけれど、道頓堀を綺麗にするにはこれが一番確実な方法なのだそうだ。
 道頓堀の清掃のアルバイトを始めて間もない僕は、川の臭いニオイにまだ慣れなかった。
「めっちゃ臭いですね」
 思わず、同船している先輩のおじさんにそういう。おじさんは笑って、
「これ以上臭ならんよう掃除するんや」
と答えた。
 川面を見ていると、何が出ているのか分からないけれど、川底から気泡が出ているところがある。川に近付けた顔の近くではじけると、そのニオイはたまらないものがあった。
「くっさっ」
「顔なんか近付けるからや」
 ん。
 さっきの気泡に違和感を感じ、僕はまた川面を見つめた。川底からまた気泡が上がってきて――
「顔?」
 ただの気泡かと思っていたのだけれど、はじける寸前に人の顔になって、「あーっ」と小さな叫び声をあげてはじけていた。
「すみません、さっきの泡、顔やなかったですか?」
「ようあることや。はじけたあと、なんか汚いもんが残っとるからすくうといてや」
 見ると確かにヘドロのようなものがぷかぷかと浮いている。ちょっと躊躇したけれど、おじさんもそういうので僕は網ですくって甲板に置かれているゴミ入れに捨てた。
「あれ、なんなんですか?」
「しらん」
 おじさんはそういうと、顔の形をした泡を、はじける前に網でつぶしてヘドロをすくい上げた。
 小さな声で、「あーっ」とまた、どこからか聞こえてきた。

応募作162

「タコセン」

たいやき

 

突然私はタコセンと目があった。
大阪旅行で念願のタコセンを食べようとした時の事である。
タコ煎餅に挟まれていたはずの2個のタコヤキはいつの間にか人間の目玉になり大口を開けた私の顔をじっと見つめていた。
丸い目玉だけがそこにあるだけだがどこか悲しい感じがした。
食べられたくないからそんな視線で私を訴えてくるのだろうか?
一瞬食べるのを止めてしまおうと思ったが、ソースと青海苔の温かい出来立ての匂いが鼻に入り食欲がそそられる。
食べたい。
私は食欲に負け、目玉の視線を無視して大口を広げかぶりついた。
パキパキパキと煎餅の砕ける音とグニュっとした弾力が歯に伝わってきた。
私は構わずそのまま顎に力を込めた。
ブチュっと音がしたと思うと塩味のきいたドロっとした液体が口の中に広がっていった。
煎餅のパリパリとした食感と辛さがさらに食欲が進み顎を休める事なく一気に平らげてしまった。
あっという間の出来事だった。腹が満たされ不安を覚えた。食欲に負けつい食べてしまったが、今のは何だったんだろうか?
なにかまずい物を食べた気がしてならなかったが腹のほうは言いようの無い満足感に浸っていた。
考えてもしかたがない。美味い物は美味かった。私は串カツでも食べに行こうと店を探しに出かけた。

応募作161

「人面魚」

たいやき

 

私は祖父の法要で一心寺に来ている。   
祖父の遺骨はこの寺に祀られている仏像の中にいる。
火葬された灰を固めて仏像にして祀られていて親も死ねばここに納めて欲しいといつも言っている。
寺には池があってその中には沢山の鯉が泳いでいる。私はその鯉を見るのが好きだった。
法要の時にはいつも、池を覗いては鯉を眺めていた。
今日もいつものように池を覗くと見慣れない鯉がいた。
金色の鯉で体中に黒い斑点のような模様がついている。
初めて見る鯉で似たような模様をしている鯉が他にも14匹いた。
その内一匹の鯉が池から顔を出した。
エサでも欲しいのかな、と鯉を眺めると模様黒いだけの斑点ではなかった。
斑点は一つ一つが人の顔のように見える。
それぞれが違う表情の模様をしていてその中に祖父の顔にそっくりな模様があった。
沢山の模様に囲まれて嫌そうな顔をして私を見ている。人の波に揉まれて窮屈そうな表情だ。
そう言えば祖父は人混みが嫌いだった。
沢山の人と一緒に固められて祖父は嫌だったのだろうか。
それを伝えたかったのかは分からないが、祖父の顔に似た模様と目があったと思うと鯉は池の奥に泳いでいってしまった。
斑点の鯉達はは鯉の群れに紛れいつの間にか見えなくなりいくら探しても見つからなかった。幻でも見たのだろうか。しかし祖父のあの窮屈そうな顔が頭の中にこびりついている。
私も人混みは嫌いだ。死んでから見知らぬ無数の人達と一緒になると思うとゾっとする。
寂しがり屋ならば嬉しいかもしれないが。
私が埋葬された時は普通の墓にいれてもらおうと思った