応募作39

「わたしたちを知らない」

青山藍明

おへやはとてもきれいになって、いまはしらないお兄さんと、お姉さんがくらしている。ママのことも、わたしと弟のことも、知らないみたい。

お姉さんは、おなかに赤ちゃんがいる。はやく会いたいって、いつもおなかをなでている。

あるひ、出かけていたママがふらりとかえってきた。ごみだらけになった、わたしたちのおへやに。お兄さんは、いなかった。

しばらくして、あかいランプのついたくるまが、ママをつれていった。わたしと弟は「ママ、ママ」と呼びかけた。でも、だれもきいてくれなかった。

いつか、カミサマはわたしと弟をまた「赤ちゃん」にしてくれるそうだ。赤ちゃんになっても、わたしはママといたい。弟も、ママといたいみたい。

もう、おへやに置いていかないで。けんかしないで、いい子にするから。おかたづけも、ちゃんとするから。夜はちゃんと、おるすばんするから。

だからママ、わたしたちを見つけてね。みんなで、なかよく、もういちどくらそうね。

応募作38

「譲ってください」

青山藍明

京セラドーム前で女が立っている。
右手に画用紙を持ち、顔を半分隠しながら、横切る人々をじろじろ見ている。
画用紙には「譲ってください」の文字が赤いマジックで書かれていた。ところどころ、文字が掠れていた。
コンサートが行われる日には、必ず立っているそうだ。
去年、私も初めて某アイドルグループのコンサートへ行った。友人に誘われ、とても楽しみにしていた。
やはり、女が立っていた。背が高く、長い赤毛をたらし、黒目をぎょろぎょろさせながら、音がしそうに長いまつげを上下させ、瞬きを繰り返していた。派手なワンピースの裾が、風になびいていた。
「ねえ、あの人って」
友人に訊こうとしたら、「行こう」と腕を引っ張られた。
受付を済ませ、席について友人はようやく、口を開いた。
「あいつが譲ってほしいのは、チケットじゃないの。もうすぐ始まるよ。楽しもう」
歓声が響き、舞台が明るくなる。譲ってほしいものがわからないまま、コンサートに集中した。帰り道、女の姿はなかった。
「去年は、小柄な黒髪の少女だったよ」
友人が、ぼそりと呟いた。

応募作37

「澱みの下の白き身は」

玉川 数

 雪置く髪に白肌の、衣も同じく染め色の無しに、巷に寒風も吹き荒べば、また凝る暑さの日にも柔和な笑みに顔をつくり、ひとのただ行きただ来るを見守り、そこに在るを常とした。
 あれは神無き月の中ごろのこと、久方ぶりと世を沸かす花形、立役者、時のひとと持て囃されたその姿に、おまえはよう似ているのだと、それはお人違いながらも、置屋の止める声も掻き消す歓声に、担ぎ上げられ称えられ、満更でもない心持になったのもつかの間、ほいと投げるように捨てらるる身の哀しさよ。あな口惜しや。口惜しや。深みに沈み惑うこの身を顧みることもなく、ひとは祭りの間を笑い過ごし、やがては忘れるあさましさ。
やさしげに振る舞うものこそその情のほどに恨みは深し、澱みのよう。笑みを絶やさずあるとても外面菩薩内面夜叉よ。長きに見守って在った輩は、その心知らず、端より無きことのように思い返しもせず、日々を笑い合い間抜け面さらして生きているものを。エエ悔しや口惜しや。
この恨み、晴らさずにおかぬと念じ、深みより澱む気を送り続けしが、三とせが後にやっと、禍あるはあれかと『岩根し枕ける 我をかも』など準えて言うも、許さじや。今更探すも声など立てず。
 されどされど。
季節になれば颯爽と、流れる歌は、忘られず。高揚する声がやがて、はかなくも落胆に変わるは、次第に時逝くにつれ、喜びから、澱みの中にも澄んだ悲しみに変わるや。
行き行き過ぎて、十七年目、この身灰色に朽ちつつも、凝る恨みもほどけて解けて、嗚呼喜びの歌を静かに聞く。
 其は三月弥生のこと。もう元なる無垢白は残らぬ身を、澱みから引き上げるものあり。水に濯ぎて、手を合わせ、住吉に詣で、催事の壇に配し言う。お帰りと。そして善き位に在れと大き社に祀らる。
 流転の我をひとはカーネノレと呼ぶ。
クリスマスには、クリぼっちでも鳥を食え。セットで買うとお得である。

応募作36

 「たたり」

籠 三蔵

 新世界の串かつ屋で一杯引っ掛けていると言うので安心した俺は、スマホの向こうの黒川に用件を切り出した。
何ぃ、楢原だとお、どないなっとるんや?と、既にかなりの量をこなしているらしい。バックに流れる演歌のイントロが耳障りだ。呂律の回らない口調に不安になり、俺は大声でがなり立てた。
「ホラ、あれや、先週のアレ!」
アレと言うのは、大学の同期の仲間同士で肝試しに出掛けた東大阪の廃屋の事だ。幽霊が出るという話を聞き込み現場に辿り着いてみれば、家財道具が放置されたままの、単なる空き家に過ぎなかった。俺達五人は拍子抜けした腹いせに、室内を滅茶苦茶に壊しまくったが、気付いたら高塚の奴が居間の仏壇をひっくり返して足蹴にしていた。十歳位の少年の顔が割れたガラスの枠の中で、笑顔を浮かべている。
「こらおもろいわ。幽霊出てみ。祟ってみ」
ああいう時、なぜ人間というヤツはハイテンションになるのだろう。気付けば黒川も近江も吉田も、笑いながら遺影や位牌を靴でがんがんと踏み潰していた。勿論俺もだ。

だが、その場を解散してから災禍は始まった。
高塚は事故、近江は首吊り、そこへ来て吉田までが今朝、寝床で冷たくなっているのを家人に発見されたと言うのだ。俺はその事を手短に説明し、善後策を練る為合流しようと持ち掛けたが、酔いが過ぎているのか、ヤツの返事は歯切れが悪い。

「ちょっと待て。あのな、もいちど聞くが、オノレほんまに楢原なんやろうな?」
「何言うとんねん?初めからそう言っとるやろ?」
一瞬の間を置いて、黒川の困惑した声がスマホから聞こえた。
「ほしたら、相談あるとか抜かして、わいの目の前で呑んどるこいつ、誰や?」
電話はそこでプツリと切れた。

翌朝、黒川が阪和線の津久野駅で、通過中の急行電車に飛び込んで死んだ。
次は俺の番らしい。

応募作35

「サトオカさんは後ろを歩く」

玉川 数

 建築会社に勤めていた折、大阪の現場に二年出向いた時の話だ。会社の用意してくれた社宅は、かなりきつい勾配の坂の上にあった。大家は坂の下に住む面倒見のいい七十代の『おばちゃん』で、彼女はたいそう健脚だった。休日に、坂道で姿を見かけ、挨拶に声をかけようとするものの、差が縮まらない。やっとのことで追いつくと、ちょうど届け物にいくところだと息も切らせず笑った。すごいですねえと褒めると、これはサトオカさんのおかげだという。十年位前には、お医者に、運動しないとすぐ死ぬ言われていたんやで?
 歩けと医者は言う。死ぬ言われたらしゃあないと、茶飲み友達誘って時間を決めて歩くことにしたが、みんなおやつを持ち寄り、食べながらだらだら歩く。一週間続けたらむしろ太った。あかんと思って早朝まだ暗いうちに一人で坂を往復することにした。歩くうちにふと後ろからズック靴のぺたぺたいう音を聞く。不審に思って振り返っても誰もいない。それは毎日聞こえてきて、毎日誰もいない。サトオカさんやと思った。おばちゃんええ女やん? サトオカさん、朝の暗いときだけで、昼間は出ない。その話を友人にしたら、べとべとさんやないの? と言われた。変な名前をつけると思ったが、べとべとさんなら先にお行きというと消えるのだという。ほかになにすんの? なにもせえへん。ならいいわ。サトオカさんが追い抜かせんよう頑張ろと思った。ひとりだと飽きるけどライバルいるとええやん? それで二年ぐらいそうしてたら、お医者に褒められた。悪い数字消えてるで? 生活改善頑張ったなあ。このままいけばよう死なん。
 今はサトオカさんはたまにしか出てこないが、未明の坂の往復は続けている。
 ところでなんでサトオカさんなんです? ええ女をつけまわすサトオカさんていうのがおるやん。それはストーカーではないかと考えたが、サトオカさんはストーカーではないだろう。いい話ですねえと頷いた。

応募作34

環状線

泥田某

 この駅だけやないけどな。まあここでもいっぱい死んだなあ。ちゅうか、いっぱい死ななアカンかったんやろなあ。うん、終わりにするためには、いっぱい死ななアカンかったんや。引っ込みつかんからな。いや、そら、死ななアカンかったっちゅうのも無茶な話やけど、そういうのはほら、死ななアカンほうが決めるこっちゃないやん。まあ建前としては、不幸にしてお亡くなりに、っちゅうとこやろけど、そんだけの数が死なんかったら、そのくらい死ぬまで続けたやろから、つまりそのくらいは死ななアカンかった、ちゅうことやで。えっ、違う。違うてか。尊い犠牲、てか。ほな、ためしにそんだけの数が死ぬっちゅうのがどんだけのことか、いっぺん数えてみ。いやいや、数字だけではわかりにくいやろ。そやから、ほら、ここに転がってるのん、これひとつずつぜんぶ数えてみたらええがな。指が足らんかったらなんぼでも貸すで。猫の手、てなケチくさいこと言わんわ。ちゃあんと人の手でも足でも貸したるがな。そこらにぎょうさんあるやろ。いやいや、遠慮いらんて。どうせもう使うことあらへん。ああ、そら千切れたりとんだりしてちょっと足らようになってるのもあるけど、そこはほれ、数でおぎなわんとな。そういうこっちゃろ、こんだけ死ななアカンかった、ちゅうのも。うん、数やねん。ひとつふたつでは値打ちがない。値打ちやと思われへん。そやから数がいるんやろなあ。さ、数えてみ。えっ、そうかあ? できると思うけどなあ。でけへんの? 数えるだけやで。でけへんの? よおかんじょうせんの? はは、みな、そない言うねん。うん、それでやな。それでこの線路のことを、かんじょうせん、って言うんやで。いや、知らんけど。

応募作33

「饗宴」

最寄ゑ≠

 すっかり人通りの絶えた道具屋筋の裏路地を、出刃包丁がきっこりきっこり歩いて来る。それを見付けた寸胴鍋がどんがらがんと大音声で呼び止めた。
「おお、出刃のお」
「これ、もうちっと静かに喋らんかい。茎子の芯迄じんじんしよるわ」
「で、首尾は」
「首も尾ぉも無い。が、まあ遣る丈の事は遣った」
「刺したか」
「物騒な事を言うもんやない。そもそもが大旦はんの遺言に何卒大事の黒茶碗を一緒に埋めて呉れと在ったのを、探し出せず儘にして居ったら見る見る商売左前。さて愈愈血眼に為って目っけ出し、やれやれ大旦はんも成仏やと、此れは理の有る話。併し黒茶碗、齢九十九を数え付裳に為る迄僅か数刻、永らく蔵で共に在った此奴を何とか物にして遣りたいと、此れは儂らの勝手」
「せやかて」
「其処で儂は考えた。どうか折半と云う事で話を呑んで貰えぬか、大旦はんは物分りの良い方で情にも厚い、況や重宝の茶碗の成就、否とは仰るまい。ところが若旦那も強情や、そない半端な事で傾いた店を立て直せるかと押し問答。其れが儂の思う壺、成る丈話を引き延ばし乍ら時が来るのをじいっと待つ魂胆よ。最早夜もとっぷり更けて辺りはしんと静まり返る、儂は若旦那とむっつり睨み合い、深更の鐘の鳴るぴりぴりした気配を窺うて居った。寺の坊主がせいっと撞木を引く頃合いを見計らい、かっと我が身を振り下ろせば見事黒茶碗は真っ二つ」
「何と」
「儂は片方を掻っ攫い、大旦はん案上成仏召されさいなら御免と逃げるが如くに店を抜けて来た」
「おお、よう遣った。流石出刃の大将、鮮やかな切れ口や。然し黒の、最前から吽とも寸とも」
「アホかおのれら、世に二つと無い名物をわやにしくさって」
「く、黒の。おおおお、おはようさん」
「こ、此れは此れは大旦那様。御機嫌麗しゅう」
「何が御機嫌麗しゅうや、さっからいたあい、いたいて煩てかな」

―かしゃん

 魂消た拍子に出刃包丁、うっかり半身の黒茶碗を取り落して仕舞いました。