応募作134

「囚われ人」

たなかなつみ

 

 隣のアパートに住んでいた小父さんは、休日には朝から酒を飲む習慣があった。店でいちばん安いカップ酒を買って、道端に座ってちびりちびり飲む。縁石に腰をかけ、車道側に脚を投げ出し、警官に咎められては反論していた。曰く、ここはお天道様の下に設えられた公の道路であって、そこをどう使おうが、お上が目くじらを立てるのはおかしいと。
 小父さんの言っていることが完全に正しいと思っていたわけではなかったが、幼い私は小父さんの隣に同じように脚を投げ出して座り、排煙を吐きながら車道を走る自動車の群れを眺めるのが好きだった。
 なぜ部屋のなかで飲まないのかと問うと、屋内は窮屈で嫌いやと言う。閉じ込められてる気がしてかなん、自分はこないしてお天道様の下におるのがいちばん性に合うとると。
 小父さんはその後、肺を患って亡くなった。そう長く生きたわけではなかったが、短命というわけでもなかったと思う。
 小父さんは肺を患う前に、交通事故にあっていた。夜の路上で酔っ払ったまま大の字になって眠りこけ、走ってきた自動車にはねられたのだ。直前に気づいた運転手が避けようとしてハンドルを切り、幸い命は助かったが、両脚の膝から下がなくなってしまった。
 それから小父さんは路上で酒を飲むのをやめた。いつでも鍵が開いている部屋を訪ねると、閉じ込められてしもたよと、情けなそうに言う。敷きっぱなしの布団の端に置いてある枷を指さし、そっからどないしても足が抜けへんなってしもてんと。当時の小父さんにはすでに足がなく、枷が縛めているものは何もなかった。けれども、小父さんはやはりそこに縛りつけられており、部屋に閉じ込められていたのだ。火葬時にはわけがわからないままその枷も棺に入れられたが、今でもあれが何だったのかはわからないままでいる。