応募作51

「はよ帰りや」

浩光

Aさんの30年ほど前の体験。

金曜の夜。法善寺の境内を抜けてすぐの路地奥のバー。
ジントニック。ゴードンで」。
煙草に火を点けた。最近はバーなのに禁煙などという理不尽な店もあるが、やっぱりバーには紫煙がないとな・・・・

ジントニックは悪くない。
やっぱりジンはゴードンやな・・・
飲み終わりかけた時。

「はよ帰りや・・・」

1つ置いた隣に座っていた男だった。
「え?」
「え、なんでっか?」
いや、いまあなたが・・・
「いや・・・ええんです」
なんとなく居心地が悪くなって30分ほどで店を出た。

11時前。雑踏を地下鉄御堂筋線に。
前から年配のホステス風の女。
「はよ帰りや」。

振り返ると女はスタスタと歩いていく。間違いなく俺に声をかけてきた・・・・さっきのバーの男も・・・偶然か?・・・早く帰ろう・・・・

地下鉄へ向かう階段を降りようとした。若い男が追い抜きざま「はよ帰ってあげや」

なんや・・・・さっきのおばちゃん。いまの男・・・

首をひねりながら千里中央行きの電車に。
偶然や、たまたまや・・・俺が降りる桃山台に電車が着いた。
向かいの老人が「はよ帰りや」。
いやな汗が出てきた。

俺が住んでるマンションはタクシーで5分。足早に改札口を出た。

なんなんや今夜は?
タクシー乗り場。並んでる客はいない。タクシーはすぐにやってきた。
背中が寒い。慌てて「**町の**マンションまで」と伝えた。

マンションに着きもどかしく料金を払った。
運転手は「おおきに」と陽気に言った。ドアが閉まる瞬間。
「はよ家に帰りや」。

悪寒。エレベーターに乗るのが何故か無性に怖い。
部屋は3階。階段を駆け上がった。インターホーンも鳴らさずドアを開けた。
「ただいま!!」
妻が血相変えて出迎えた。
「ああ、お父さん帰って来た!待ってたのよ!」

「・・・え?」
「さっきお祖母ちゃん死んだ