応募作47

「待ち合わせ」

文乃

梅田の地下街を私は走っていた。
泉の広場にたどり着いたときには、待ち合わせの時間から三十分が過ぎていた。
思ったとおり、まわりを見渡しても彼女の姿はなかった。
女はいつも遅れてくるくせに、男が遅れてくると怒る生き物だった。昭和生まれの若い女は男を待たせることによって、ひとつのステータスを競っているように思えた。少なからず彼女もそのうちの一人だった。
どうしたものか。公衆電話で連絡を取ろうにも家に帰っているはずもなく、とにかく捜してみることにした。
彼女のことだ。時間を忘れて、ウインドーショッピングでもしているのだろう。そう高《たか》をくくったが、見つけることはできなかった。
泉の広場まで戻ろうと、その道すがらに私は異変を感じた。突き刺さる視線が自分に向けられていたからだ。
こちらから視線を返すと、すぐに逸らされてしまう。見てはいけないものを見たかのように。
私は泉の広場に急いだ。
彼女がいた。私は大きく手を振った。
彼女もそれに気づき、同じように手を振ってくれた。
私は、にっこり微笑む。彼女も、にっこり微笑む。
長い髪に、真っ赤なワンピース姿が眩しかった。
私が彼女の方に歩いて行くと、彼女も同じように向かってきた。
なにか変だと思った。私の真似をしているのか、一挙手一投足が同じだった。
それは鏡だった。彼女ではなく、私自身が映っていたのだ。
私は、いつしか『赤い服の女』と呼ばれるようになっていた。
そして、なにを捜しているのかさえ、わからないまま、今もこの場所をさまよっている。