応募作36

 「たたり」

籠 三蔵

 新世界の串かつ屋で一杯引っ掛けていると言うので安心した俺は、スマホの向こうの黒川に用件を切り出した。
何ぃ、楢原だとお、どないなっとるんや?と、既にかなりの量をこなしているらしい。バックに流れる演歌のイントロが耳障りだ。呂律の回らない口調に不安になり、俺は大声でがなり立てた。
「ホラ、あれや、先週のアレ!」
アレと言うのは、大学の同期の仲間同士で肝試しに出掛けた東大阪の廃屋の事だ。幽霊が出るという話を聞き込み現場に辿り着いてみれば、家財道具が放置されたままの、単なる空き家に過ぎなかった。俺達五人は拍子抜けした腹いせに、室内を滅茶苦茶に壊しまくったが、気付いたら高塚の奴が居間の仏壇をひっくり返して足蹴にしていた。十歳位の少年の顔が割れたガラスの枠の中で、笑顔を浮かべている。
「こらおもろいわ。幽霊出てみ。祟ってみ」
ああいう時、なぜ人間というヤツはハイテンションになるのだろう。気付けば黒川も近江も吉田も、笑いながら遺影や位牌を靴でがんがんと踏み潰していた。勿論俺もだ。

だが、その場を解散してから災禍は始まった。
高塚は事故、近江は首吊り、そこへ来て吉田までが今朝、寝床で冷たくなっているのを家人に発見されたと言うのだ。俺はその事を手短に説明し、善後策を練る為合流しようと持ち掛けたが、酔いが過ぎているのか、ヤツの返事は歯切れが悪い。

「ちょっと待て。あのな、もいちど聞くが、オノレほんまに楢原なんやろうな?」
「何言うとんねん?初めからそう言っとるやろ?」
一瞬の間を置いて、黒川の困惑した声がスマホから聞こえた。
「ほしたら、相談あるとか抜かして、わいの目の前で呑んどるこいつ、誰や?」
電話はそこでプツリと切れた。

翌朝、黒川が阪和線の津久野駅で、通過中の急行電車に飛び込んで死んだ。
次は俺の番らしい。