応募作4

この世は生きるに値しない」
水無川 燐
 この世は生きるに値しない。
 こちらを覗き込んでくる顔を見るたびにそう思う。
 とはいえ、こういう人がいないと僕の方も困るわけです。
 訪ねてきたのは、青白い顔をした女性でした。なんだか気の弱そうな人でしたが、いまはこちらも同じ
ような女性の姿をしているから、向こうもあまり気を遣わないでいいわけです。女性は、ぽつりぽつりと
話し始めてくれました。
 実に不幸な話でした。こちらまで涙ぐみながら、うんうんと頷いてしまいます。
 そして僕の方から女性にアドバイスするのです。
「なるほどあなたの言う通り、世間は間違っているものです。とはいえあなたの方も、世の中に折り合わ
なくてはなりません」
 女性はなぜだか気を悪くしたようです。
「この町のひとはあたたかい。苦しいと伝えれば、きっと誰ぞ助けてくれるでしょう」
 女性は納得していない様子です。僕はぴんと直観しました。女性は実際に救いを求めながら、見捨てら
れたことがあるのだろうと。
 ここは人情の町ということです。こんなところで人の縁からはぐれる人には、もはやどこにも身を寄せ
る場所などないわけです。
 僕は口を大きく開きます。
 女性は目を丸くしましたが、逃げ出そうとした頃には、すでにこちらのお腹のなかです。
 かつてのおおらかな時代と違い、今の時代は人を食うにもルールがあります。食していいのは世間様に
とっても、ご自身にとっても、生きるに値しない人だけ。窮屈ですが、コンプライアンスというやつです
ね。
 さてと、一度店じまいして掃除をせねばなりません。いま別のお客様が来れば、大騒ぎになることで
しょうから。
 食べるのは人の世からはぐれた人だけというのに、世間で僕が忌避されるのは実に不可解ではあります
が、それが浮世の良識のようです。
 世間の人たちは邪なものだと思うから、僕などを牛鬼なんて禍々しい名で呼ぶわけですね。