第二回「大阪てのひら怪談」東雅夫賞受賞作品
作品タイトル:お仁さま
筆名:笛地静恵
お仁さまは、ふたりでひとりです。一つのからだに、二つの頭があります。人形のようにきれいな顔をされています。まっくら闇の中でも、まつげまではっきりと見えます。おからだ自体が、ほのかに白く光をはなっているのです。
わたくしは、お仁さまと、この地下の部屋にとじこめられております。お仁さまが飲まれたお乳の回数からすると、三日は過ぎています。一日に、三度の授乳がなされる習慣です。しかし、まだ助けはきません。残してきた、子どもたちのことを考えると、気がおかしくなります。五月に美濃をおそった大きな地震が、ついに大阪の土地にも来たのです。
地下の正五角形の部屋は、堅固に作られています。欅の尺角の五本柱も、まったく狂いを見せていません。ここを作ったというお坊様の法力が、まだ働いているのでしょう。人間が掘った通路の方は、つぶれて土に埋まっています。どこからか、新しい空気がかよってきます。十丈はある地下です。不思議のしかけがあるのでしょう。
しかし、それも、もうそんなに長くは、もたないのではないでしょうか。さっきの大きな揺れのときには、座敷牢の格天井から土がふってきました。豪華な螺鈿の壁にも割れ目が入っています。
お仁さまが、目をさまされるときが、この土地と一族の終わりだ。そう旅の僧は、言い残されていったそうです。だから、代々の一族は、お仁さまを守り育ててきたのです。わたくしは乳母としてやとわれました。水しか口にしていません。お仁さまは、一回に二人分のお乳を、吸いとっていかれます。わたくしのお乳も、切れかけております。次に出るかどうか、もう自信がありません。前のときも、量が少なかったはずです。牢がきしみました。悲鳴をあげています。お仁さまが、ふたりとも目をさまされました。その瞳は火だったのです。