応募作157

「五代目」

貝光脩

 

 初の大阪出張で、今宮の大きな神社に近いその屋台に行ったのは、支社で強く勧められたからだ。客は僕だけ。福々しい笑顔の店主は、僕の故郷と浅からぬ縁があるらしい。確かに美味いモツ煮と清酒ですっかりできあがった僕は、聞かれるままに故郷の話を始めた。
 岩手県S町は寒村ながら街道沿いにあったが不運、明治維新ではあっさり薩長勢に占領された。勝てば官軍、彼らはお互いろくに通じない方言で無体な要求を重ね、占領中の一月は本町の最も昏い記憶として古老たちに語り継がれている(と郷土史の授業で習った)。
 いちばん割を食ったのは、祖父によれば僕の曽々祖父らしい。彼は集落一の猟師で(一度に飛び立った鴨二羽を一発で撃ち落としたとか)、狙撃兵として駆り出された。ただ一回の小競り合いで、彼は官軍の小隊長を仕留めたのだが、相手が悪かった。新政府に与した摂津の名家の出だったのだ。罪に問われるのを恐れてか、彼は生涯村外れに隠れて暮らしたという。
「そら難儀な」店主は相変わらず笑顔だ。「でも戊辰戦争で戦った兵隊さんは何千とおって、ほとんど問題はなかったはずや。あんたとこはなんで、隠れなあかんかったんです」
 その通り、と僕はもはや何杯目か忘れた酒を飲み干した。「だから訊いたんです、本当の理由があるでしょって」
 祖父はそっと教えてくれた。重左じいさんが撃ったのは人だけじゃない。一発で相手が持っていた守り神も壊してしまったんだ。だから、恐れたのは刑罰じゃなく……
「……天罰」店主は笑みを顔に張りつかせたまま言った。「やっぱりあんたの家か。そのえべっさんはな、ずーっと探しとったんやで。七代、あんたの孫の代までは財運薄くなるから覚悟しとき」
 ハッと顔を上げると、店主が僕の頭に鉛の鯛を振り下ろすところだった。最後に見た彼の目は、ただの真っ黒な穴だった。まるで鉛弾に撃ち抜かれたみたいに。
 目を覚ますと、財布の中身が全部抜かれていた