応募作128

「丑の刻参り」

洞見多 琴歌

 

 会社の先輩から聞いた。
 お得意先の接待帰りの夜だった。堺筋にある懐石料理のお店を出て、お客様をお見送りしてから帰途についた。まだ終電には時間があったので、酔い覚ましに北浜駅まで歩くことにしたという。
 昼間は人気があっても、店も閉まった真夜中になると、通行人はほとんどいない。
 先輩は独りでふらふらと堺筋を歩いていた。
 北浜駅まで、あともう少し。道修町に差し掛かった時、そこを御堂筋に向かって左に曲がれば、神社があることを先輩は思い出した。道修町は江戸時代から、薬種問屋が集まっていた町だ。今でもここは製薬会社の事務所が多い。 そこには、薬の神様をお祀りした神社があった。先輩の実家は薬局だ。
 酔いも手伝って、ちょっと寄ってお参りしようと先輩は思った。角を曲がると、大通りを走る車の音が消えた。一気に目の前は暗くなる。無人のオフィス街の窓には、明かりは一つも点いていない。
 神社は、ビルとビルの間に鎮座している。真っ暗な狭い路地を入ってゆるゆる歩くと、月明かりの下に鳥居が見えた。
 先輩は境内に入ろうとして、足を止めた。
 参拝者がいる。そう思った。
 参拝者とご神木が発光しているように見えた。
 ご神木の前で、ゆらりゆらりと参拝者が立って揺れていた。
 先輩は目を凝らした。
 女だった。
 女は、何かを持った手を振り上げ、下していた。ドム、と鈍い音が小さく聞こえた。
 ドム、ドム、ドムと続く音。先輩は目を凝らした。女は白いワンピースを着ていた。
「丑の刻参りだ」女が何をしているのか、分かった先輩は動けなくなった。
 見たら危害を加えられる。しかも助けを呼ぼうにも、真っ暗なオフィス街の中だ。民家もない。
 逃げだそうと、先輩はぎくしゃくと後ずさりした。女は気づいていない。先輩は胸を押さえ、音をたてぬようにそろそろとその場から離れた。そして闇に紛れて、神社から逃げ出そうときびすを返したとき。
 目の前に女がいた。
 そして、ふっとかき消えたという。