応募作116

「新婚旅行」 

瀬島


「えぇ、大阪に行くの?」
 母はあきらかに不満そうだった。
「うん、あんまり行ったことないし」
「大阪、大阪ねぇ。新婚でそんなところ行くの? 美里さんが可哀想よ。 行くなら神戸にしたら? ねぇ、美里さん」
「あはは、でも私も大阪って行ったことないんです。修学旅行もうちらの代だけUSJじゃなくて南禅寺だったんで〜」
「母さん性格悪いよね。神戸は認めるけど大阪は下に見てるの? そんなこと言うから京都の人の評判が下がるんだよ」
 母のいやらしい言い回しに対して不機嫌になっていく僕に美里がフォローしてくれたのに、思わず言い返してしまった。
 僕たちは先週金沢で結婚式を終え、明日の深夜、関空から海外へ4泊5日の新婚旅行へ出かける。数年前に離婚してから京都に住んでいる母のところへ寄り、昼間は大阪でも回って観光しようか、という相談をしていたのだけど、京都に住む母はそれが気に食わないらしい。母のネチネチした相手を見下す言い方が僕は昔から本当に嫌いだった。
「お土産買ってきますねー!」
 家を出る際、美里は見送ってくれた母に笑顔で手を振って元気いっぱいに挨拶する。母も嬉しそうだ。離婚した父親そっくりの無愛想な一人息子より、人懐っこい嫁の方が可愛いのかもしれない。確かに自分には勿体無い、若くしてよくできた妻。でも美里には秘密があって。

「お母さん、大阪嫌いなんだね」
 重いカートを引きながら三条駅へ向かう途中、美里はボソっと呟いた。
「嫌いというか、意味もなく嫌味を言う性格なんだよ」
「京都の人って金沢のことも、下に思ってるのかな」
「そうかもな。小京都とか言いそう」
 口を滑らせた。美里は笑っていなかった。

 
 母の死を知ったのは、帰国してからだ。