応募作70

「ゆれるで」

王 軽人

 その日の朝は誰かに起こされたんだと思う。目が覚め窓の外を見てもまだ暗い。時計は五時四十五分を指している。七時まで一時間以上まだ寝れると思い、布団に包まり寝返りを打った瞬間だ。 「ゆれるで!」 母の声だった。部屋中に響く母の声。母は実家にいるはずだ。こんな朝早くに訪ねて来たのか?  私は体を起こし、玄関の扉を開けた。真冬の空気が入ってくる。そこには誰もいなかった。外の風に当たったせいか、尿意を催しトイレに入った。  用を足し終え、トイレから出ようとした瞬間だった。それは来た。ゴー!という音とともに私の体はトイレの中で右へ左へと振り回される。  地震だ!それもかなり大きい!立っていられない。トイレの床に座り便器を抱きかかえながら揺れが落ち着くのを待つ。トイレの外では食器の割れる音や何かが倒れる音、部屋の外では悲鳴まで聞こえた。  何分間揺れたのだろう?揺れが落ち着きトイレから出た私は茫然とした。私の寝ていた布団が見えない。そう、布団の上には本棚やタンスが倒れている。私は肝を冷やした。もしあのまま寝ていれば…起こされなければ…  これが豊中で被災した私の阪神淡路大震災時の記憶です。その後「ゆれるで!」は余震の度に聞いてます。今でも地震が起こる前に聞きます。しかし何故母の声なのかはわかりません。