応募作54

「大阪では何体か倒したらしいぞ」

最寄ゑ≠

―闇夜に爛、と赤く耀くのはヤタと呼ばれる斥候の目だった。

 白ヶ浜から丘に上がった三つ足の脛長の夷狄どもは瞬く間に熊野の山里を蹂躙し、河内の小集落を易易と平らげ乍ら尚も北上、あっさり降伏を申し出た堺衆とは和議を結び、大和の川を越え、愈愈難波の宮へと進攻する。

 最前から、ヤタの耳には先触れを告げる太鼓の響きが聞こえている。はん、少し位骨がありゃ佳いのだがな。ところがヤタが見たものと言えば、紅白縦縞の可笑しな衣を纏った鼓手の群れである。何千何万在るか知らぬ。たん、たん、たたんと威勢は良いが円い目は恰も死んだ様。木偶め、縅にもなっちゃいねえ。
 かあっ、と一声ヤタが啼くのを切っ掛けに戦端が開かれる。否、此れは戦ですら無い。何しろ三つ足の脛長ども、ヒトガタと見れば即食餌と諒解する。徐に鼓手の列に手を突っ込んでは、ごっそり掬って口に放り込む。たん、た、と太鼓の響きは次第に弱まって、今や肉を裂き骨を砕く厭らしい音ばかりが聞こえる。やれやれ、ヤタはもう退屈だ。泊り木に羽を休め殺戮の景色を眺めている内に、ついうとうとと眠ってしまった。

 白白と夜も明けて、浅い眠りから覚めたヤタは目を疑った。折り重なる様に斃れ臥した脛長どもは紫に膨れ、皮が裂け腸を溢れさしている者も在る。腐臭が鼻腔を刺した。いったい何が起ったのだ、わけが分らず四辺を見回せば、丘の上に立ち此の惨状を睥睨するひとりの美丈夫を見付けた。あれが難波の宮の長か。艶やかな黒髭を風に靡かせ、美丈夫は拳を突き上げた。難波の民の勝ち鬨が自ずから沸いた。ヤタは堪らなく怖ろしく為って一目散に飛び去った。

「ほう、大阪の民衆は戦わずして侵略者を退けたのですね」
 ウェルズ氏は思わず唸った。この物語には心時めく様な力があった。これぞ此の国の新しい理想に相応しいのではないか。
「いや、ちょっと失礼しますよ」
 そう断って書斎に引き上げるなり、ウェルズ氏は猛然と筆を走らせ始めた。