応募作52

「あばうとに、いきます」

巌岳 糸子

 とにかくラッキーだった。美術展の入館制限は私たちのあとで締め切られたし、人気の店のランチは急なキャンセルで席が空いたし。
 そんな二人は先程まで、予約ができないから入りたければ並ぶしかないというカフェでアフタヌーンティ・タイムを満喫していた。土佐堀川の畔のレトロ・ビルヂング、二階席の窓から中之島公園の満開の薔薇を眺めながら。
 大満足の内に英国風の重厚な館の外に出て、私は友人の手首のことを思い出した。
「んー?かまんよ……あ、大丈夫。あおじ……痣にもなっとらんも」
 ほら、と袖を捲って見せてくれたのは左手首、すれ違いざま、顔も見えなかった誰かの荷物が当たって、痛々しい様子になっていた。その打ち身の跡は、私たちにご当地ゆかりの神さまを思い出させた、なぜだかそんな風に見えた。
「……さっきより、かわいくなってるビリケンさん」
「本当に」
 呑気に笑って歩き出した私たちを、観光客とおぼしい女の子二人連れが追い越していった。
「……見てよ痣になっちゃった……サイアク」
「さっき、ぶつけたところ?」
「ちがーう、ぶつけられたの!やだ何これ、顔みたい、気持ち悪……」
 言い終わらないうちに、その女の子は派手な音とともに倒れ伏していた。きれいに整えられた舗道には、躓いて転ぶような原因は見当たらない……。
 悪態をつきながら立ち上がった女の子から目を逸らすと、もしや?とも、まさか?ともつかない表情の友人と目が合った。