応募作22

「ゆでだこ」

泰子

 よく晴れた日曜の朝、いや、もう十一時すぎか。彼女が台所でばしゃばしゃ
「朝から何やってるねん」
黒門市場で買うてきた蛸に塩すりこんでるねん。このねばねば、塩で揉んでから茹でんと綺麗に茹で上がれへんのよ」
「その蛸何にすんのや、今晩のおかずか?」
「今日エリちゃん家で蛸パするねん女子会やねん」
(行き遅れの女子会か?)っていう言葉をすんでのところで飲み込んだ。
 そんなこと言うたら「あんたが結婚してくれへんからやろ!」と逆ねじくわされる。くわばら、くわばら。(まだ自由でいたいんや)
二度寝するわ」よいしょ、と布団に入る。
 暗い海を下へ下へと落ちる夢を見た。
 底に着いて俺は彷徨っている。何か探しているのだが、何んやったかいなあとあせる。傍に壺が転がっていた、弥生式土器みたいな壺や。
「蛸壺ちゃうやろなあ」さっき蛸見たからか、メンタル百%やな。
 中からにゅるっと赤黒いもんが出てきた。やっぱり蛸や。
 蛸の足が壺の入り口を掴んで、にゅうっと頭を出した。金の縁に黒の線目がぎろっ、目が合ったやばい、俺は走った、走った。でも、何でやばいんやろ。
 海底は砂で走りにくい、蛸の触手が体に触る、にゅるっねばねばにゅる、よっしゃねばねばをすり抜けた。はははは楽勝やで。ちゅばっ。しまった~
蛸に吸盤が有るの忘れてた。喰われる~。ドボン!
 目が覚めた。良かった~死ぬかと思った。
 あれ?まだ水の中や、しかも鍋の中。うそやろ、おい。
 おいおいおいおい俺はここにおるで。
 火ぃ点けたらあかん。おい!助けてくれ!結婚したるから!
「よう暴れよるなぁ」
 覗き込んだ俺の顔が、金縁の目でにいっと笑った