応募作9

「愛すべき幕末史跡『適塾』」
地草研
江戸末期の蘭学者・医者の緒方洪庵船場に開いた「適塾」。維新の人材を輩出し、阪大医学部をはじめ福沢諭吉もここで学び慶応義塾の源流ともいわれています。
手塚良仙(手塚治の曽祖父)も門下生で漫画「陽だまりの樹」の主人公でもあります。
20年前に来訪。ある夏の午後で玄関には靴が一足もなく館内は静まり返っていました。
入場料を払おうと受付にいくと女性スタッフさんがちらりと私の背後を見て「どうぞ」と一言。
無料日?と思いつつ奥へ進む。1階奥の部屋で佇んでいると、先ほどの受付女性がこられ「TVつけます。
映像資料もご覧ください」と丁重なご対応。私は映像を見終え2階へ。ここには塾に1冊しかない写本の蘭和辞書が置かれているヅーフ部屋と呼ばれる小部屋があり日夜ここで門下生が勉学に励んでいました。大満足した私は退館しようと受付前を通ったところ、受付女性が
「お連れ様は?」と聞いてくる。「私ひとりですが」と答えると怪訝な表情で「お若い男性とご一緒でしたよね」
事情をきくと私が入ってきた際、背後に袴姿の若い男性がいたそうである。ここには幕末を舞台とした映画舞台関係者が役者と見学にくることもあり、てっきり私も関係者で役者を連れてきたと思ったそうです。関係者と判断した場合は粗相なきようお通しする場合もあると言います。
「袴姿の男?私はひとりですよ」と言っても信じてくれず、ついに受付の方々は各部屋を見回り始めました。ちなみに受付女性は二人いて、二人とも私の背後にいた男を目たと言います。「靴箱をみて下さい。私の靴だけですよ」
受付の方々は黙り込みました。確かに私が入館してから退館するまで客はきていなかったからです。ただ私が入館した際、彼女達の目線は私の背後へ注がれました。これは一瞬でしたが覚えてます。私の背後に誰を見たのでしょう。志士が私の背後にいたのかもと考えるとむしろ嬉しい。そう思えた出来事でした。