受賞作:優秀賞
作品タイトル:「トライアゲイン」
筆名:鳥原和真
ひと抱えある発泡スチロール箱の角までみっしり収まり、上から見るとはらわたを額縁に入れたようだ。箱に収まる程度にブツ切りになった肉の塊は、生命としか言いようの無い身体の芯がすっぽり抜けている。六畳間に打ちあがった、大きな軟体動物に見えた。
ふたりで寄った港の市場で、揚がったばかりの蛸を見つけた。茹蛸の赤は見慣れていても目の前の蛸は土気色で、静脈じみたスジが走っていた。死体のようだと思った。
たこ焼き何人分になるかしら、と妻が言う。
大阪じゃ一家に一台、たこ焼き器は当たり前。当然私の家にもあった。
たこ焼きのタネを作るのは私の役目だった。たこ焼きを串で返すのは妻や、息子のミツオのほうがずっとうまかったのだ。
ほんとパパは下手だよな。そういってミツオは串を使って器用にたこ焼きを裏返した。私がやると、どうしても蛸がはみ出ていびつになってしまった。
ミツオがずっと小さい頃は、よくたこ焼きをしたのにな。
ミツオがつけた妻の目元の青あざを思い出して、だから妻があそこでこいつを買うっていったのは、象徴的な意味があったのだ。
四角い家庭も、まあるくおさめまっせ。たこ焼きだけに。
蛸は潰れた瞳孔をゆがませた。人間みたいに笑ったのだと思った。
わてら蛸ちゅうのはかしこいんや。迷路も解けて、瓶の蓋も開けれるんやで、大したもんやろ。せやかてな、蛸の十八番はやっぱりこれ、ものまねですわ。
八本足を二本ずつ器用にまとめた手足で、ミツオの首はひょこひょこ歩いた。
やり直そうミツオ。母なる海からもう一度。
濡れた畳の上、仰向けで股を広げる妻のなかへ、ミツオは再び帰っていった。
妻の丸く膨らんだ腹はまるでたこ焼きだ。
串を持つ。今度はうまくかえせる気がした。