応募作175

「結びの一番」

伊藤 智恵理雄

 

「宇良よ。おまえはタコ焼きでも食って、俺の闘いぶりを見とれ。
 大横綱谷風梶之助の連勝を止めた小野川喜三郎は、妖怪にも屈さなかったと言うぜ。
 この豪栄道豪太郎も大阪相撲の伝統を受け継ぐ力士、大関としての誇りがある!
 河童なんぞに負けられん!」
 豪栄道は、その気迫を本場所で発揮すれば、平幕相手の取りこぼしもなかろうという厳しい立合いを見せた。小柄な河童がその当たりを受け止めたのは驚きしかない。
 直線的な豪栄道の押しを、河童は回り込んで交わす。低く潜り込み河童十分の四ツ、そこから緑の手がマワシを離れ、尻に伸びる。さらに耳元に黄色の嘴を寄せ、挑発する。
「尻の穴から手つっこんで尻子玉ガタガタいわせたろか」
 豪栄道は、必死に脇と肛門を絞めた。余裕を見せていた河童の表情が、突如曇る。豪栄道が自分の体にふっていた清めの塩が、河童のヌメリを防いだのだ。形勢逆転、豪栄道は動きの止まった河童をガッチリ抱え込んだ。
「化け物には塩が効くってのは本当だな」と豪栄道はニヤリ、
「ドタマの皿かち割って脳みそチューチュー吸うたろか」
 焦った河童がむりやり腕を引き抜こうとした瞬間、豪栄道必殺の首投げが一閃!土俵に叩きつけられた河童は、高くバウンドして落ちた。
 豪栄道と宇良が、淀川沿いの土俵を去る間際、頭の皿が粉々に砕けた河童は「今日はこれくらいにしといたる」と事切れた。