応募作170
「中之島城」
君島慧是
少女は夜のなか、洟をすすりあげながら、そこにいる自分がちょっと誇らしい。
太い柱と、柱のうえの平たい三角形、みな白い石でできている。建物の正面をファサードと呼ぶことを知るにはまだ幼かった。
おばあちゃんは、くうしゅうにも焼け残った、すごいすごいって言ってた。わたしもそう思うよ、お城、おばあちゃん。
堺の家からひとりで来てやった。ひとりで電車に乗ってやった。家出してやった。みんな大キライ。中之島きている、夜に。ひとりで。すごいわたし。本当はずっとここに住みたいと思っていた。連れてきてもらうと、お姫様の住むところみたいって思ってた。誰にも言ったことないけれど。クラスの男子なんか、似合わねーって、絶対ぜったい笑うもの。
矛先を変えた怒りが、またぶりかえす。一度消えたはずの涙が、またぽろぽろ落ちる。
気強いもん、ケンカ強いもん。でも。
じゃりン子なんとかって言われたり、エヌエチケーのチコちゃんみたいって言われても、こういうの見たいときあるんだもん!
お姫様みたいに、なりたいんだもん。
少女は太い柱の一本に寄りかかり座っている。柱は頼もしい。冷たさもいやじゃない。木枯らしが石の柱のあいだと階段の縁を走る。お腹空いたなと思った。だが平気だった。
風の冷たさは、少女には、自分がここに相応しい人間か試すように思われた。石の冷たさも同様だ。夢の叶うスピードの、速さ増す気がして、息の白ささえ頼もしく。泣き疲れて、やがて微睡みのなか、くりかえす。
あのお城なんだもの。なかにはあのきれいな天井があって、ドレスを着ておりるのにぴったりの階段があって。沢山ご本があって。
頬を落ちた涙は川風に乗って泡になる。扉をおす。扉が開く。
夜の図書館は新しい物語を用意している。
まだもう少し。起こさないでね。お母ちゃんのお好み好きでも、お姫様になれるかな。