応募作169

「見上げる」

国東

 

 想像してみて欲しいんだけど、風通しのいい玄関ホールに、天井から二頭の大きな鯨の骨が吊されている。彼らは種類の違う鯨で、生きていた場所も年代もまったく違う、地球上では出会ったことがない種だ。いや、実際はもう少しいろいろ複雑なんだが、今は聞いて欲しい。いいね?
 骨になって、こうして組み立てられて、天井からワイヤーで(がっしりと、一つ一つの骨を丁寧に、天から大きな指でつまむように)吊されて、はじめてお互いのことを知るようになった。互いの曲線や重さが驚くほど違うこと、光が当たった時の白さのこと、脚の長さ、時々カラスが運試しに、肋骨の中をひゅうっと飛んで行くときの、その場所場所の難易度。最初にカラスの死骸が山になったとき、これは絶対に事件だと、ぼくらは警戒したものだけれど。だがそれはまた別の話。鯨たちは共通の言葉を持たないけれど、お互いのことをよく知り、また知っていると、伝えようとし続けている。わからないけれど、わかるんだ。そう、見果てぬ夢ごとの展示なのさ。
 さあてこれから夏はレジャーの季節だ。親子連れが骨の下を通り抜ける。ねえパパ、あれはなあに? そういって小さな指が天井を指さして、初めて骨に気づく人もいる。ああ、あれはね、といって目を細めて、展示パネルを自分の言葉みたいに読み上げるんだ。知らない世界のことを、知っているみたいに。
 彼らは不思議なことに同じ時間だけ、鯨の骨を見上げて、はっと自分に残された時間を知ったみたいに、ホールの中に入っていく。
 どうだい? 想像できたかい? ぼくはきみの、きみたちの知っているふうに話せたろうか? 今のきみたちがどんなによい具合につままれているか、愛されているのか、知ることができればと思うよ。きみたちが今、なんと言おうとしているかは、残念ながら理解できない。