応募作166

「柵」

理山貞二

 

 今はもう、そんなことは起きない。施設も環境も変わり、対策が為されている。けれども公園の外周にまだ柵はあって、車で近くを通るたびに僕は子供の頃のことを思い出す。
 万博跡地が好きだった。阪急山田駅を降りて西口から入り、有料の美しい公園を抜けていくルートがお気に入りだった。その日も妹と二人で、民俗学博物館だか、肥後橋に移る前の国際美術館だかに行ったのだと思う。そこまで行くには、いったん公園から出なければならないが、ゲートで出場券を取っておけば再入園できる仕組みになっていた。
 どこでなぜ長居したかは覚えていない。気がついたら午後五時の閉園時間を過ぎていて、公園のゲートは締まっていた。帰り道を封じられてしまった。出場券と妹の手を握って、僕は駅に戻る道を探した。
 公園は高い柵に取り囲まれている。その柵をつたっていけば、ぐるりと回って西口まで出られるはずだと思った。あるいはどこかに切れ目があって、中に入れるかも知れない。僕と妹は柵に沿って歩き始めた。バスでほかの駅へ行くという知恵は思い浮かばなかった。
 柵はどこまでも続いていた。いくら歩いても途切れることはなかった。それでも歩き続けたのは、僕たちと同じような子供がほかにもいたからだ。目深に野球帽を被り、ときおり片手に握った何かを覗きこみながら、しかし自信ありげな足取りで前を歩いている。
 夕暮れの中、僕たちは歩き続けた。警笛を鳴らしながら、何台もの自動車が右脇を走り去っていく。僕たちが歩道だと思っていたのは、中央環状線の路肩だった。
 不意に一台の車が目の前で停まった。野球帽の子供が素早く乗り込んだ。車のリアガラス越しに、帽子とその下の笑顔が遠ざかっていった。
 車で巡回警備をしていた公園の管理人が、そのしばらく後で僕と妹を助けてくれた。子供が握っていたのは、たぶん小さな鏡だったと思う。