応募作163
「道頓堀の清掃」
築地つぐみ
船の上から見えるゴミを、手に持つ網ですくう。地味な作業ではあるけれど、道頓堀を綺麗にするにはこれが一番確実な方法なのだそうだ。
道頓堀の清掃のアルバイトを始めて間もない僕は、川の臭いニオイにまだ慣れなかった。
「めっちゃ臭いですね」
思わず、同船している先輩のおじさんにそういう。おじさんは笑って、
「これ以上臭ならんよう掃除するんや」
と答えた。
川面を見ていると、何が出ているのか分からないけれど、川底から気泡が出ているところがある。川に近付けた顔の近くではじけると、そのニオイはたまらないものがあった。
「くっさっ」
「顔なんか近付けるからや」
ん。
さっきの気泡に違和感を感じ、僕はまた川面を見つめた。川底からまた気泡が上がってきて――
「顔?」
ただの気泡かと思っていたのだけれど、はじける寸前に人の顔になって、「あーっ」と小さな叫び声をあげてはじけていた。
「すみません、さっきの泡、顔やなかったですか?」
「ようあることや。はじけたあと、なんか汚いもんが残っとるからすくうといてや」
見ると確かにヘドロのようなものがぷかぷかと浮いている。ちょっと躊躇したけれど、おじさんもそういうので僕は網ですくって甲板に置かれているゴミ入れに捨てた。
「あれ、なんなんですか?」
「しらん」
おじさんはそういうと、顔の形をした泡を、はじける前に網でつぶしてヘドロをすくい上げた。
小さな声で、「あーっ」とまた、どこからか聞こえてきた。