応募作160

「アナウンス」

築地つぐみ

 

 ここ数年、大阪の市街地の景色はがらっと変わった。アジア系の観光客が増え、メニューや看板、呼び込みの声まで、大阪弁だけではなくアジア系の言葉が飛び交うようになっていた。
 駅のアナウンス、街の注意喚起のナレーションまでもが様々な言葉で話され、多国籍な雰囲気を市街地がまといつつあるのを感じていた。とはいえ私は、日本語もさほど上手く話せない人間なので、外国語を使うなんて遠い夢のまた夢の話で、街の喧騒などとはまるで無関係だった。
 年の瀬のある日、私は中国人の知人と食事に出かけた。繁華街では年末で浮足立っている人たちに水をさすように、犯罪の注意喚起のアナウンスが流れていた。
『××警察署からのお知らせです。このあたりでの、強引な客引きは条例に違反しています。客引き行為を見かけたら、お近くの警察署にご連絡ください……』
 その後、観光客向けだろう、外国語で何やらアナウンスが始まった。イントネーションが中国語のようだったので、私は知人の顔を見て、
「今、流れているのは中国語のアナウンスですか?」
と尋ねた。すると知人はノー、ノー、と英語で答え、
「いえ、中国語ではありません」
「ほな韓国語なんかな」
「はっきりとは分かりませんが、韓国語でもないような気がします。あ、中国語に代わりました」
 知人の言う通り、アナウンスの言葉は切り替わっていた。
「気になりますか?」
「なんて言ってるんかな」
「さっきの日本語と同じことです。ええっと、警察署にご連絡ください……」
 知人がそういうとまた言葉は切り替わる。今度は英語だ。
「さっきの言葉は、どこの国の言葉やったんやろうね」
「初めて聞く言葉でした。わかりませんね」
 知人はアジア圏をまたにかけた商売人で様々な国を訪問する機会があるのだけれど、そんな彼でもまるで見当がつかないという。
 それから後も知人に会うたび、繁華街に出かけては同じアナウンスを耳にしていたのだけれど、あるときからぴたっとその不明な言語のアナウンスは流れることがなくなった。
 今から思えば録音でもしていればよかったのだけれど、あのアナウンスが何語で、なんと言っていたのかは結局今となっては分からずじまいとなってしまった。