応募作156

「花博の年」

海音寺ジョー

 

 ここの公園は、花博の時整備されて出来た。かれこれ27年前のことだ。ぼくが良く覚えているのは、この年に大阪の大学に入学が決まって、電車で大阪駅を通るたびに新聞の号外チラシをフリーラックから貰ってって、カラフルな花の写真を車内で毎日眺めていたからだ。

 大阪各所に花壇が設けられて、ぼくの大阪の最初のイメージは紫や青やピンクのパンジーの花畑だった。卒業して暫くすると東京に移り住み、離れていたのでここを歩くのは20年ぶりだ。あの頃ほど花は咲いていないけれど、そんなことよりも懐かしさが先に立って、ぼくは花壇に挟まれた遊歩道を歩きながら当時のことを思い出し、過去の自分の海に潜ることを楽しんでいた。

 そのとき陽光が雲に遮られて、潜水の深度が変わった。花の口が開き、ぼくの名を呼んだ気がした。

 いや、足の裏の感触が、当時気にもかけなかった道の凸凹が、記憶を呼び起こすスイッチだったのか。ボコン、ボコンとぼくは27年前のことを次々と思いだす。

 5月に入会したサークルのこと。同じ日に入った女の子を好きになったこと。その女の子に、虫を見るような目で見られてカッとなったこと。その先のこと。ぼくは後ろ手に薔薇の花束を隠し持っていた。彼女の誕生日に渡そうと思って、大学の傍の花屋で買ったやつを。周りの奴らが、冷やかしで薄ら笑いを浮かべていた。
 ぼくは恥ずかしくなって真っ赤になって、それから怒りがこみ上げて来て薔薇を鋏でバキッ、バキッと細切れにした。赤い粉になるまで、徹底的にやった。
 
「そうだったね」
「ねえ」
と両サイドから花が囃し立てた。大きな声でケタケタと嘲り笑った。花は歯を見せて笑っている。無数の人面がぼくを、虫を見るような目で見ている。