応募作155

「イルカとシャチ」

アオ

 

私が生まれたのは堺でも南の方にある泉北ニュータウンだ。高度経済成長期に山を切り拓いて作られ、家からほど近い泉ヶ丘駅というのは図書館や児童館、プールが併設されていた。
まだ七歳の時に府外から従姉弟らが泊りがけで遊びに来たのでその泉ヶ丘駅にあるプールに行くことになった。
五つ年上の兄と、同い年の双子の従姉弟二人は私の面倒を見るという約束でドーナツ型のプールで遊ぶことになった。母が私の両腕に浮きしっかりと結わえ付けた。
プールの中では私は後ろから兄の首にしがみついていた。丁度水中でおんぶをしているような感じだ。これなら離れることもないし兄も泳げる。
私は楽しんでいたが一つ気がかりなことがあった。ドーナツ型のプールの底にはイルカやシャチの絵が描かれている。私はこれらが苦手だった。可愛らしくピンクや水色ならよかったのだが黒で描かれていたので不気味だった。自分の体よりも大きく描かれたその黒いイルカやシャチに飲み込まれるのじゃないかと怖かった。
その絵に差し掛かったのを確認したときにギュッと目をつぶって足をちぢ込めた。兄ははしばらくの間普通に泳いでいたが急に体勢を崩し、私は彼の背から投げ出された。塩素の苦い味のするのと水が入った目と口が痛いのを我慢しながら必死に何が起こっているのか把握しようと目を開けたがよく見えなかった。ただ真っ黒いものが私を取り巻いているのが分かった。ついにイルカとシャチに食べられるのだと覚悟を決めた瞬間すごい力で引っ張り上げられた。
私を助けたのは母で、兄にふざけるんじゃないと怒った。兄は誰かが足をすごい力で引っ張ったのだと弁明した。従姉弟の姉の方は私も引っ張られたと泣き出すし、弟は誰もそばにいなかったと言った。
そうやって不毛なやり取りをしていると監視員さんが来てこれはお宅のお嬢さんのですかと聞いてきた。彼が手に持っていたのは母が念入りに私の腕に結び付けていた浮きだった。