応募作151

「万年時計」

多摩水雪春

 

明治の終わり頃、西国街道沿いにあったという時計店の話。 店には時計職人の主人と妻、幼い息子の三人が暮らしていた。だが息子は五歳で悪い病気にかかり死んでしまった。子を失った妻は嘆き悲しみ、亡骸を埋める事を許さなかった。主人は息子の亡骸から歯を抜いて形見にして、やっと埋める事ができた。  そして妻のために万年時計を一つ作った。万年時計とは一回のネジ巻きで長く動き続ける時計で主人が得意の技としていた。作った時計は高さ十寸程で円錐の形、表面は光沢を放つ銅板に覆われ、時計盤の上には息子が好きだった鳥や虫の針金細工が飾られた。最後に息子の歯を部品に成形し、ゼンマイの入った香箱の中に組み込んだ。 万年時計は店に飾られ、 「いつでもボンと一緒におられるさかい。」  と妻に言って万年時計のネジを巻いた。時計は陶器を磨り合わせて音が鳴るようになっており、時間毎に鳥の声とも虫の声ともつかない「リー」という音が店に響いた。妻は時計の音を聞くたびに息子を思い出して悲しんだ。 「あの子が泣いとるようで辛いんです。もう外してください。」  妻に懇願された主人は時計を店から外した。  それから主人は時計の製作に精を出し、妻も主人を支えた。やがて特注時計を大阪の庁舎に収めるようになり時計店は繁盛した。二十年後、主人は流行りの病気にかかり妻に看取られて息を引き取った。  残された妻が主人の作業部屋で遺品の整理をしていると、どこからか歯ぎしりする様な音が聞こえる。耳を澄ますと音は机から響いていた。恐る恐る机の引き出しを開けると、そこには二十年前に外された万年時計が入っていた。  表面の銅板は全て剥がされ、針金細工と時計盤は叩き潰されていた。香箱は歯車が繋がったまま強引に引き出されて、槌で幾多も打たれた跡でコの字に歪んでいた。それでも香箱からはギチギチと歯が絡み合う音が聞こえ、折れ曲がった時計の針を震わせていた。