応募作143
「遊女塚」
矢口 慧
尼崎には、遊女を祀った塚がある。
後生の幸福を仏に求めて入水した五人の遊女弔って建てられた史跡だが、最近、願いが叶うスポットとして密かに人気があるらしい。
それを聞いたのは県外の友人からで、地元民の知らないところで色々な話があるものだなぁと感心していれば、当の友人からお参りしてきてくれないかと頼まれた。
ゲームチャットの常連で、顔も知らないが、気易く話せる良い友人だ。
どうしても、叶えたい願いがあるという。
徒歩で行ける程の近所ということもあり、二つ返事で引き受けた。
ついでに自分も何かお願いをしようか、宝くじ一等とか。軽口を打ち込めば、どうしてもの時だけにした方が良いよ、と、やんわり釘を刺された。
後日、友人から小包が届いた。中にはお礼のお菓子ともう一つ、固く封をされた封筒が入っている。
そのまま、供えてほしいとあったので、受け取ったその足で、塚へと向かった。
公園の隅にあった筈と、朧な記憶を頼りに向かえば、名を刻んだ石碑があった。
狭い敷地に足を踏み入れれば、何か、きらきらと光るものがある。
爪だ。
ネイルを施した色とりどりの、付け爪があちこちに散らばっている。
髪を落として入水した、という伝説からすればここは髪ではないのだろうか、ともあれ作り物とはいえ気味が悪い。そう思いながら、封書を置き、石碑を軽く拝んで後にした。
その夜、お参りの報告をしようとチャットルームに入るが、友人の名前はない。
話が出来ないまま、数日が過ぎ、友人が死んだという噂が流れて来た。
部屋で一人、息絶えていた彼女の手足の爪は、一つ残らず剥がれていたそうだ。
爪は今も、見つかっていない。