応募作141

「2017」

阿由葉ゆあ

 

 その日、私は夫と一歳の娘と家族三人で、大阪の有名な観光地に行っていた。最近、人気のインスタ映えスポットだ。
「こんにちはぁ。可愛い赤ちゃんですねぇ」
 中年の女の人に声を掛けられた。
「ありがとうございます。でも、ワンオペ育児で大変で」
 隣の夫を見ながら、チクリと嫌味を言ってやった。
「まあまあ。旦那さんもお仕事が大変なんですよぉ。早く、働き方改革が進んでくれるといいんですけどねぇ」
「私の方が仕事と育児とで大変です。それをこの人はちっとも忖度してくれなくて」
「ちーがーうーだーろー! 空前絶後の三十五億の借金抱えたオレの方が大変だろー!」
 夫が突然、キレて怒鳴った。それに驚いて娘が泣き出した。
 ああ、もう、この人はいっつもこうなんだから。こんな大声を出したら、周囲の観光客の冷たい視線を浴びちゃうじゃない。
 そう思って、辺りを見回したけど、そこらに人は沢山いるのに、なぜだか、誰も私たちに注意を払っていない。
「最近は、Jアラートが鳴ることも多くて、睡眠負債が貯まる生活で、皆、大変よねぇ」
 女性が慌てて、フォローを入れてくれた。
「全くです。こんなに睡眠不足の健康に悪い生活で、何が人生百年時代なんだか……」
 そこで、私は突如、大事なことを思い出した。そうか、そういうことか……。
「思い出しましたかぁ?」
 私は反射的に肯いていた。
「はい、では、仕事を進めさせていただきますねぇ。あなたたち二人は、仕事と育児に疲れ、それに借金を抱えたことが重なって、無理心中を図った。間違いないですねぇ?」
「ええと、あなたは一体?」
 夫が怪訝そうに尋ねた。
「すみません。申し遅れましたぁ。死後の世界のナビゲーターですぅ」
 夫は絶句していた。
「では、発表しますぅ。まず、夫さん、あなたの行き先は……」
 あの世の案内人が、何か話していたが、私は呆然としていて、何も耳に入っては来なかった。持っていたハンドスピナーが回るのをただ、眺めていた。