応募作136

「陰膳」

里 真澄

 

この居酒屋『あさきち』も、もうじき五年目に突入や。女ひとりで、いろいろ大変やったけど、がんばってやってきてよかったわ。こうやって翔ちゃんが探して訪ねてきてくれたんやもんな。ほんま、ありがとう。みんな、元気にしてる? よろしゅうゆうといて。突然消えてごめんな、て。
 あ、お腹空いてへん? 何でも好きなもん、ゆうてや。愛をたーっぷり込めて作ったげるから。
 あほな。儲かってへんわ。この不景気に「とんとん」やったら、まぁ御の字やと思う。八尾の駅から近い割に、家賃が安いから助かってる。
 そら、ワケアリゆうたら、うちもこの店に来るお客さんも、みんなワケアリやわ。翔ちゃんかてそうやん。ま、これ以上いわんけどな、今夜のところは。
 出るよ。マジで。嘘ちゃうって。あの隅のテーブルに、男と女がいつの間にか座ってるねん。うちがここをやる前の店で、常連やった不倫カップルやねんて。隣の『さくら』のママから聞いた。
 貧しさに負けたんやない。あの子らは世間に負けたんや。この街も追われて、それでもどこかであんじょう生きててくれたらええと思うてたんやけどな、って。ママ、しみじみゆうてはったわ。
 駆け落ちして、二年もせずに心中したんやて。
 好き勝手に生きて、勝手に死んだんやから、未練などないやろうになぁ。なんで化けて出てくるんかなぁ。
 ううん、ママにいわれた通り、毎晩お供えしてるから、何も悪さはせえへん。逆に、わざわざ二人を見にくる物好きなお客さんもいてはるから、ありがたいくらい。ネットに「ここは出る」みたいな情報を書き込む掲示板があるんやって。そこに誰かが書かはったらしくて、ちょくちょく訪ねて来はるで。
 出来た。ええ匂いやろ。
 ちゃうちゃう、翔ちゃんに作ったんやない、これはお供えや。
 ふたりはカレー、す、好きやったから、毎日こうやって陰膳据えるねん。
 何やの、その顔。
 ところで翔ちゃんは何が好きなん?
 え、聞こえへん。
 おっきい声で、はっきりゆうてみ。