応募作135

「サンドファンタジー」

光原百合

 

 何年か前まで、ちょうどこの辺におっきな砂時計があったん、知ってる? 淡いピンクの砂が詰まってて、下まで落ちきるのに一時間かかってた。一時間たったら機械仕掛けでゆっくり回転して、また始めから。高さが五メートルもあってとにかく目立ったから、JR大阪駅の待ち合わせ場所いうたらここやった。
 当時はちょっとした名所やったから、いつの間にか都市伝説みたいなのができててね。この砂時計の砂が落ちきって回転が終わるまで、誰にも見られず祈り続けたら、一度だけ時間を戻せる。好きなときに時間を戻してやり直せるって。友達に聞いたんやけど、この駅で一時間も誰にも見られずになんてそもそも無理やんなあ、と笑い話に終わった。
 ある晩、この近くで呑み会があって、帰りの電車に乗ろうとここを通りかかったんよ。時間が遅かったからか、大阪駅としてはあり得んくらいに人通りがなかったな。そしたら砂時計の前に、女の人の後ろ姿があった。黒いワンピースを着て、頭を垂れて、なんやら懸命に念じているみたい。あの都市伝説のことを思い出して、邪魔せんとこ、と通り過ぎようとしてん。そしたらちょうど砂が落ちきったようで、砂時計がゆっくりと回転を始めた。
砂時計が回り終わった瞬間、淡いピンクやった中の砂が、どろりと濃い赤に変わった。あたしは息をのんだ。気配に気づいたのか女の人が振り向いて――いきなりつかみかかってきた。
あとで聞いた話やけど、子供を事故で亡くしたばかりの人やったらしい。ちょうど警備員さんが通りかかって彼女を取り押さえてくれて、あたしは命拾いした。うん、大げさやなくて、文字通り。だってね、一時間誰にも見られずに祈り続けたら願いがかなうとされてたわけやろ。もし誰かに見られたらそのときは……。
砂時計は間もなく撤去された。駅の整備工事のためゆうことやったけど、いかにも
ひっそりって感じやったから、何か事情があったんやないかってみんなゆうてたな。