応募作127

「百円玉」

大庭くだもの

 

 おもわず拾ってしまったものの、すぐさま捨てるべきだと悔やんだ。百円玉だ。手垢で黒ずんで傷だらけなのに今年発行されたばかりらしい。どのように人手をわたってきたのか想像するのも厭な禍禍しさがあった。おれの体温が硬貨につたわるまえに手放したかったが、通天閣の展望台へとつづくエレベータ前は押すな押すなの人混みで、いまさら待機列からはずれるのも癪だし、その場にまた捨てるのも気が引けた。さきほどから妻が厭そうな顔をしている。おれもこんなものはさっさと処分したい。通路の両脇にびっしり並ぶガチャポン販売機が目についた。ガキの頃とちがって最近のものは二百円五百円と値が張るものが多い。列が進み出していた。妻が呼ぶ。あわてて百円の販売機を見つけ出し、てばやくまわした。これであの百円玉とも縁が切れた。ほっとして、落ちてきたカプセルを上着のポケットにしまい、ひとの流れにつづいた。展望台からの眺めは期待したほどではなかった。土地鑑のある妻はたのしそうにはしゃいでいたが、視点が低いからごみごみとした街並みが扁平にひろがっているだけだ。さっさと降りて、串カツ屋で一杯やりたかった。妻は熱心にビリケンさんの足裏を掻いている。ふとポケットに入れたカプセルが気になった。そういえば、なんのガチャポンだったかすらわからない。どうせつまらないものだろうが、暇つぶしぐらいにはなるだろう。カプセルをひねって開けた。黒いぶよぶよとしたものがあふれんばかりにはいっている。あの百円玉とおなじ禍禍しさがあった。黒いぶよぶよは浮かびあがると、ひきよせられるように妻のほうへ漂っていき、腹に吸いこまれた。呆然としているおれの腕を妻がつかむ。これでわたしたちもしあわせになれるねと笑った。おれはどうすればこれから生まれてくるこどもを捨てられるだろうかとかんがえた。