応募作122

「ふれあい動物園」

高家あさひ

 

「どうぶつえんまえー、どうぶつえんまえ」
 駅に電車が止まるたびに繰り返されるこのアナウンスに、ぼくはまだ慣れない。「まえ」の部分が上がって下がるイントネーションではなく、平板に発音される。そのことへの違和感が、いつまでたっても消えないのだ。もしかするとそれは、ぼくが東京の生まれだからなのかもしれない。
 そもそもぼくは、どうしてここにいるんだっけ。そうだ。引っ越ししてきた直後に、迷子になったからだ。ドアが全部あいていたから、つい出来心で外に出た。そうしたら帰り道がわからなくなってしまったんだ。家を探しているうちに、暗くて狭いところに迷い込んだ。広いところを求めてうろうろしていると、地下鉄のトンネルに出た。その路線に「動物園前」という駅がある、と知ったのは、しばらくしてからのことだった。
 そこをめざそう、と思ったのは、仲間に会えるかもしれない、と思ったからだ。だって、「動物園前」っていう名前なんだ。なのにたどりついてみると、ヒトがぞろぞろ歩いているだけだった。他の駅となにも変わらない。動物園が地上にある、ということがわかったのは、数週間たってからのことだった。
 地上。そうだったのか。ぼくはすぐに階段にむかって走りだした。だけど、そのことにばかり気をとられすぎていたんだろう。渡ろうとしていた線路に電車が来ていたことに気がつかなかった。ふたつの光る目が、あっというまに近づいてきた。
 それ以来、ぼくはこのホームから離れられなくなった。なんでなのか、はじめはよくわからなかった。でも、悪いことばかりじゃない。おなかは空かないし、なにより追い払われることがない。それに、あたらしい飼い主もできた。ぼくとおなじように、轢かれたときの姿のまま、轢かれた場所から離れられなくなったおじさんだ。ぼくを「首なしモル」と呼んで、かわいがってくれている。