応募作121

「太閤はん」

中野笑理子

 

会社の登記簿謄本を取りに、谷四の法務局まで行った。庁舎を出ると時刻は昼前、オフィス街の客を目当てにお弁当の販売車がそこここに出店している。さて、お昼はどこで何を食べようか、それともお弁当を買って帰ろうか、見上げた晴れ渡る青空の真ん中には大阪城天守閣が浮かんでいた。
 その時、ドーンドーンと太鼓を打つような音が聞こえ、はるか向こうから時代劇のような扮装をした行列がこちらへ向かって来るのが見えた。ある者は足軽のような恰好で、ある者は馬に乗り、その後ろには裃姿の侍、そして何挺かの駕籠が続く。
 はて、何かのイベントに出くわしたのかと爪先立ちで首を伸ばした途端、横からギュッと腕を掴まれ、強い力で引っ張られた。見ると粗末な着物を纏った老人が、私の腕から手を離さずに険しい顔でそこへ座れ、というように顎をしゃくった。いつの間にか着物姿の町人達が一列になって土下座している。さっきまで走っていた車は一台もない。そして彼ら彼女らが座っているのはアスファルトの歩道ではなく、土埃の立つ乾いた黄土色の土の道端だった。
 えっ? えっ? と驚く私の頭を押さえつけて老人は言った。
「太閤はんがお通りになるで」
 エキストラの中に一般人が混ざってもいいものだろうかと思いながら、そしてスカートが土で汚れるのを気にしながらも、私は老人に従った。老人からは汗臭いような、日向臭いようなにおいがした。
 「どうされましたか」という大きな声で顔を上げると、警官が「救急車を呼びますか」と訊いた。後ろからたくさんの通行人の顔が覗いている。車道に向かって土下座している女がいると、通報を受けて駆けつけてきたとのことだった。
 あれ? さっきの行列は? と尋ねる私を不審そうに見ながら「大丈夫ですか」と警官は言った。大丈夫です、とバツ悪そう立ち上がった私のスカートは黄土色の土で汚れ、はたくと土埃に混ざって汗臭いような日向臭いようなにおいが立ちのぼった。