応募作119

「マットプレイ」

船生蟹江

 

「お願いします。この辺詳しくなくって、やっとここに辿り着いたんです」
 徹夜覚悟の出張仕事が予定外に早く終わった。御堂筋線の周辺は深夜でも明るいほうだが、宿を探して長々と歩き回ろうと思えない。だから仕事場から唯一見えたこのネットカフェは、頼みの綱だった。
 やっと入れてもらえた。最端のフラットマットのブース。左隣からは男性の鼾が聞こえる。薄い壁一枚向こうに知らない男がいるというのはあまり気持ちの良いものではないが、贅沢は言っていられない。始発の新幹線まで休むことが先決だ。
 しかし、どうしたことか。眠気はすさまじいのに、眠りにくい。髪を何度も撫でられるような感覚がする。気色悪いが、マットの静電気がひどいのだろうとほっておくことにした。
 すると、次はどうしたことか、首にキスをされるようだったり、手を握られるような、これまた気色悪い感覚に襲われる。
 痴漢かと思い目を開けるが、誰もいない。すると、次はなにかが足に触れた。入口と真反対にある低いテーブルの下につっこんだ足首をだ。触れる感覚は膝、太腿とじわじわ上がってくる。私の爪先で膝立ちしている何者かの手によって。
 その手がまた膝に戻ったかと思うと、いきなり膝を掴み、強い力で押し開いていく。そして、下腹の圧迫感。膝を軸に、見えない何か――男のように思う――が私の下半身を宙に押し上げていくのだ。
 全身の毛が逆立った。女として最大の恐怖が始まろうとしている。レイプだ。目に見えない男が、私をレイプしようとしている。逃げようともがくが、体が固まって動かせない。
 もうだめだと思ったそのとき。暴力的な救いが入った。
「こんなとこで盛んなボケェ!」
 怒声とともに左側の壁が大きく揺れ、同時に足がマットに落ち、体が自由になったことを自覚した。そのとき私はたしかに聞いたのだ。「すんません」と言う、男の声を。……足元から。