応募作115

「山道のパーカー」

洞見多 琴歌

 

岩湧山に登った日、下山時刻が遅れた。まだ山の中腹なのに、夕方の一六時を過ぎていた。山行は日没までの下山が鉄則。灯の無い山道は、日が暮れるとすぐに暗くなる。
かといって、焦って傾斜を走れば事故につながる。
日が暮れていく山道を、私は慎重に下った。樹々の間から差し込む光の量が弱くなって、枝葉に闇が翳る。早く街へ、気を急きながら、木の根や石に躓かないように気をつけながら、私はひたすら足を運んだ。
途中、道の真ん中にパーカーが落ちている。人気のあるブランドの青いパーカー。登山者の落とし物だと拾い上げて、そこの木の枝に引っかけた。そしてまた歩き出す。風が吹いて、後ろ髪を跳ね上げた。
あ、と思った。木の枝にかけたパーカーが、私の目の前にまた吹き飛ばされてきたのだ。ああと思いながらもまた手に取って、道脇の木の枝にかけた。
そして歩きだした。また、風が吹いた。私の目の前に、またパーカーが落ちる。私はやれやれとパーカーをまた木の枝にかけた。そして先を急ぐ。風が吹いた。パーカーが目の前に現れた。ややうんざりしながら、パーカーを手にした時だった。
だらんとしたパーカーの袖から、人の手が出ている。私は思わずそれを投げ捨てて逃げた。また風が吹いて、次は吹き飛ばされたパーカーは私の足首に絡みついた。靴のつま先に、指をかけようとしている。パーカーを蹴り上げて、私は走った。パーカーが風に乗って追ってきた。逃げた。また絡みつこうとした。蹴って逃げた、また目の前に。私は逃げた。日が暮れる中、心臓が壊れかけた。ついにむんずと掴み、山の斜面にパーカーを投げ捨てた。
終わった、とその時、斜面から風が吹き上げた。パーカーが戻って足元に落ちた。私は悲鳴を上げた。パーカーを踏みつけ、石を上に置いて逃げた。もう大丈夫、恐る恐る後ろを振り向いた時、石の下でパーカーはバタバタと足掻き、袖口から出た手を、私にむけて伸ばしているのが見えた。