応募作112

「橋と顔」

極北のヤマダ

 

ほうか。明日が花火の日やったな。カズはちゃんと覚えとるんか。東京に住んどるのにな。え?あ、もう4年生か。ははは。4年生やったら忘れへんか。せやな。帰るのは明後日やろ。お父さんかお母さんに連れてってもろたらええわ。
 
ん?そうや。行けへんよ。爺ちゃん、お祭りは好きやないし…。え。去年もそういうて断ったか……。いや。天神祭りと枚方パークは全然別物やろ?あっちは大丈夫やけど…なんでかって?
 
カズ。怖い話好きか。大丈夫か。
 
爺ちゃんは、大阪から出たことない。カズぐらいの年にはもういっこ向こうの駅のそばに住んでたんやけどな。その頃に戦争があってな。そうや。学校でもう習うたか?その戦争が終わる一日前に、爺ちゃんの住んでた町が、空襲を受けたんや。…それはカズがもう少し大きくなってから話するわ。爺ちゃんもうまいこと伝えられへんとこもあるから。
 
その戦争が終わって何年かしてからや。ある夏に、爺ちゃんは友達と約束して花火を観に行くために、川沿いから歩き出したんや。ウチのそばにあった焼けおちた橋も新しくかけかえられとってな。そこをくぐった時、誰かに呼ばれたような気がしてフッと上を見上げたんや。
 
橋の裏にそれはもうびっしりとな。顔だけが見えたんや。爺ちゃんの一こ上で「大将さん」いうあだ名やったミヤタ君。上田先生。中野のおばちゃん。ガス屋の兄ちゃん。あの最後の空襲で死んだ人ばっかりやったわ。もちろん知らん人の顔もいっぱいやった。みんなみんな、泣いてるような、怒ってるような、口々になにかをつぶやいてはってなあ。見てたら胸がぎゅっとなるような感じやったわ。
 
そっからずっと天神祭りには行ってへん。
またあの顔が見えたら…て思うと行かれへんようになったわ。今は顔が見えるかどうかわからんけどな。え?この話はお父さんにはしたかなあ…?
まあ内緒にしといて。カズに子供が出来たらしたらええんちゃうかな。(全785字)