応募作103

暗峠

光道 進

 

国道は細くうねり、東大阪に延びている。
車1台がすれ違うのがやっとの道
途中より歩くほかない急な坂道になり舗装も消える。

二人はその街道に足を踏み入れたのは初めてだった。
車を途中で山脇の道に止め歩いて史跡を回るはずだった。
軽いハイキングのつもりだった。

急な坂を上り詰めると暗峠の道しるべが見えてきた。
どのくらい歩いたかわからない。くねくねの細い道を
二人は登った。
右脇を見るとスカイラインが見え車は速いスピードですれ違っているのが見えた。
山道はどこまでも続く。彼女は嫌になり「もう帰ろうよ。」と言い出した。

俺は好奇心が強く、帰ったら自慢話が出来ると軽い考えで歩くのを止めなかった。

上り詰めると何時しか彼女が遥か下のほうで、懸命に歩く姿が見えた。

「おーい、ここだよー」と力任せに大きな声を張り上げて下を見下ろし手を振った。

その時だ。後ろからかすかに聞こえる三味線の音。

最初俺は空耳だと思った。峠の下を登る彼女に向かいまた叫んだ。

叫び終わると木霊のように三味線の音色が聞こえてきた。
「ベーン、ベーン、ベン,ベン、ベン」音はまるで俺の声を聞きつけて
迫ってくるように聞こえた。

俺は「誰もいるはずのない峠でどうして三味線が」と思うと恐怖した。

止む事無く俺の耳に憑いてくる三味線の音。

俺に迫る。音はもう俺の後ろ1mぐらいまで来ている気配がする。

逃れることができない。
坂を転げ落ちるように彼女のところまで走り戻った。

もう三味線の音は聞こえない。

俺はホッとして彼女の顔を見た。
「ギャー」思わず叫んでしまった。
顔がゆがみ見たことのない女に変わっていた。

倒れるように仰け反る俺。もう一度顔を見る。そこにはいつもの彼女が居た。
恐る恐る手を握り元来た道を引き返し急いで車に飛び乗る。
無我夢中で車を走らせた。暗峠を抜けて脇を見ると
女郎屋の汚い着物姿の女が左に座っていた。
ラジオからは三味線の音が車いっぱいに響いていた。