応募作98

「柳と双鳥の皿」

勝山海百合

 

 去年の暮れ、東洋陶磁美術館で汝窯水仙盆をじっくり眺めた帰り、なにわ橋駅の券売機前に戸惑う様子の男性がいたので声をかけた。灰色のギャバジンのコートを着た三十歳くらいの人で、聞けば堂島に行きたいとのこと、切符の買い方を教え、大江橋でも渡辺橋でもどっちで下りてもええんよと言うと、頭を下げて礼をし、こう続けた。
「あなたはとてもいい人だ。お礼に重大なことを教えましょう。誰にも内緒ですよ……」
 困っている外国人に親切にすると無差別テロの予定を教えてくれる都市伝説みたいだと思いながら、黙って耳を傾けた。
「七月十八日は鉄道は避けて下さい。れ、列車が……爆発します」
 男性の杏仁型の目は黒々と輝いていたものの私の目は見ていない。言うだけ言うと踵を返し、改札口に向かっていった。
 今年の七月、台湾は台南市のホテルに泊まっていた。嘉義にある國立故宮博物院南院を予約しており、行くのを楽しみにしていた。
 朝早く、ホテルのレストランでお粥を食べていて、不意に暮れのことを思い出し、テーブルの向かいに座っている友人に尋ねた。
「今日って十八日やけど、列車事故のニュースとかあらへんよね?」
「ないと思う。わからんけど」
 私は「実は」と去年の暮れに会った男性のことを話し、張作霖爆殺事件は六月四日だし……と言っているうちに、雲が出たのかレストランの中が黄昏のように暗くなった。
「……内緒だって、言ったじゃないですか」
 灰色のコートを着た友人が呟いた。
「約束してへん」
 ぎっと睨むとコートはぺらりと床に落ちて消え、今回は一人旅なのを思い出す。
 台湾鉄道と台湾高速鉄道を乗り継いで嘉義に行くと、列車は無事だったが、その朝、東洋陶磁美術館から貸し出されて南院で展示中の伊万里の染付皿が割れていた。