応募作94

「にわとり」

 

仲良くしていた先輩がいなくなった――。
 寛子から相談を受けた伽歩は、とりあえず会って話を聞くことにした。
「部屋にあったんは、これだけ。天神さんの古本まつりに行くって言うてたから、多分そこで買うたんやと思うけど」
 鶏の表紙イラストが愛らしい、小口が黄ばんだ文庫本だ。ぱらぱらめくってみて、伽歩は思わずテーブルの上へ投げ出した。
「何これ」
「怖いやろ。文字にルビがふってあんねん」
 狭い行間に、びっしりと小さな鉛筆書きの文字。
 明日とか朝とか、小学生でも読めるような漢字にまで、すべて仮名がふってある。
「それだけちゃうで、途中からもっと怖なってくんねん」
 今度は寛子が文庫本のページを繰った。
 最初は整っていた文字が、崩れていく。
 少しずつ少しずつ。
 序盤と中盤では、もう同じ人物が書いたとは思えなかった。
 震えているとか、荒れているんじゃない。どんどんぎこちなく、たどたどしくなっていくのだ。
「うゎ」
 最後の数ページには、もう文字はなかった。子どもが絵本にするような落書きが、そこかしこに散らばっているだけだ。
「これはあかんわ。いっぺん見てもろたら?」
「見てもらうって、誰に?」
「三番街のとこに、古書街あるやろ? なんかわかるんちゃう?」
 混み合うカフェを出て、伽歩と寛子はうめ茶小路に向かった。一番高齢の主がいる店を選び、文庫本を査定してもらう。眼鏡をかけた老店主は、開口一番こう言った。
「天神さんの古本まつりで買うたんやろ」
 ふたりはゾッとして、自然と台詞がかぶっていた。
「なんで、わかったんです?」
「あそこじゃ、鶏は嫌われんねん。太宰府に左遷される道真公が、今生の別れを鶏の鳴き声に邪魔された、ってな」
「じゃあこの本、呪われてるんですか?」
「さぁ。でもこの本の持ち主は、読んでるうちにヒトでなくなっていったんかもわからんな」
 店主が文庫本の表紙を取ると、そこには血のように赤いもみじ、鶏の足形がついていた。