応募作93
「Diversity」
伊止止
何度目のかの来阪か。私は道頓堀を訪れた。
聞こえてくるのは大阪弁よりも、観光客の土地の方言、そして外国語の方が多い。
よそ者だらけの中を、やはりよそ者の私はふらふら歩く。ユニークな看板やオブジェに囲まれて<私はどこにいるんだろうか>と不思議な感覚になるのを楽しんでいた。
ふと、すぐ横での会話が耳に飛び込んできた。何語だろうか。全く知らない言葉だった。それどころか気づけば、周りの言葉はどれも聞き覚えのないものばかりになっていた。
いや、言葉というより鳴き声のようだ。呻き声だ。咆哮だ。
んぎーきょ/りりりりり/おぼるぼぼbbr
看板の放つ光で目が眩み、周囲の人の姿が奇妙なシルエットに見える。
にゅじゅりゅりゅ/えぎおこばぷふ
ずーけーずーけーずううううきえええええ
私はどこにいるんだろうか。
どこまで行っても、どこにも私の知っているものがない。聞いたことのある言葉がない。
途方に暮れてへたり込みかけた時、もこもことした桃色の塊が横切った。
「〇*×$#ω」上を向いて何か叫んでいる。
私はとっさにその肩をつかんだ。
「!?&+@◎・%%?」ピンクのダウンを着たおばさんが、きょとんとした顔で何ごとか言った。意味はわからない。
でもそれは、はっきりと中国語だった。
途端どっと喧騒が取り囲む。聞き慣れない言葉。意味不明の会話。だが全部人の言葉だ。
私は涙をこらえつつ「そーりーあいむみすていく」と彼女にド下手な英語で謝った。
中国人観光客のおばさんは怪訝な顔をして、そのまま連れたちと歩き去っていった。
その背が人ごみで見えなくなると私は、韓国語を駆使する呼び込みと、ドイツ語の集団の間を抜けて、手近な通りに入った。通りの名は知らない。さて何を食べようか。なるべくなら、知らないものがいいな。