応募作92

「思い出焼き・キャリー」

新熊 昇

 ぼくは屋台であまりものを食べたことがない。そもそもあまり外へ出かけないし、出かける時は軽四だし……。たまたま大阪の街を歩いていて、キャベツとソースの焦げる匂いを漂わせているお好み焼きキャリーを見かけて、思わず駆け寄った。と言うのも、ボディにお好み焼きのほかに、昔一緒に暮らしたことのある猫たち――トラやキジやサバやブチたち――が愛らしく描かれていたからだ。
 一枚三百円のテイク・アウトを注文した。
 キャリーは老夫婦が切り盛りしていた。なぜか顔はよく見えなかったものの、声を聞いて愕然とした。
「猫たちは元気にしているか?」
 十五、六年ほど前に、相次いで病気で亡くなったはず父母が異口同音に尋ねた。
「うん」
 お好み焼きも、懐かしい「わが家」ふうのものだった。粉とキャベツと天かすは最初からまぜ、薄切りした豚肉をのせる……。
 店や冷凍食品のお好み焼きは、直径が二十センチくらいものがほとんどだが、うちのお好み焼きは直径が三十センチくらいの、かなり大きなものだった。父はコテを二つ使ってひっくり返していた。
 食べきれなさそうなときは、ソースやマヨネーズを塗る前にまるごと、半分または四分の一ずつに切って、冷ましてラップに包んで冷凍にしていた。業者の急速冷凍ではなく、冷凍庫でじょじょに凍らせたお好み焼きは、レンチンしても独特の味がして、ぼくは好きになれなかった。出されたお好み焼きは、それと同じ味がして懐かしく、美味しくはなかった。どこからか父の好きだったビールや焼酎の匂いも漂ってきてきて、キャベツや粉や豚肉の焼ける匂いと混じって流れた。
 父母が亡くなってから、自分で一からお好み焼きを焼いたことはない。
 キャリーのボディに描かれた猫たちは、とても幸せそうだった。