応募作89

「新千里ムーンラプソディ」

湯菜岸 時也

 

やわらかな日差しを浴びた空気を散らし、肌に刺す冷気を含んだ疾風が路地から吹きあ
げて街路樹を震わせる。遠雷が聞こえた。
 と、思ったら、救急車のサイレンの音が団地内に轟いた。今年は老人の急病が多い。
 友人は「高齢化社会だもの」と、あきらめ顔だが、向かい側の棟では孤独死した老婦人が見つかったりして、日々の生活さえ、不安と背中合わせだ。
 妻に先立たれて一人暮らし、週二の契約で来てくれるホームヘルパーから聞いた話だと、老人の行方不明者も急増してるらしい。
 「若者の老人狩りだといいますよ」
 なんて言われて、ひやりとする。
 これには訳があって、半年前、友人とのゴルフの帰り、深夜の0時くらいだったか、酒飲み運転で、ついブレーキとアクセルを踏み間違えて、高校生くらいの小僧を轢いてしまった。幸い目撃者はいなかったが、小僧がキレて「殺す!」と叫び、上着からナイフを出しよった。その時だ。内ポケットから幾つかの地味な財布と一緒に障害者手帳が落ちたんだ。いっぺんで怒りが沸騰したよ。
 「けしからん! けしからんぞ!」
 で、トランクのゴルフで応戦して、なんとか二対一で生存競争に勝利した。
 そのあとは箕面の山奥で、ペースメイカーがぶっ壊れるほどスコップで穴を掘った。
 クズは土に返るべし。人の命は一億円の時代というが、そんなの偽善だよ! わしらは雇用を生み、納税を続けた国の功労者だ。せっかく真面目に生きたのに、面白半分に人生を潰されるなんて理不尽すぎる!
 それからだ。小僧の祟りか? 老若男女、無差別に人が憎くなる。小便と同じで辛抱できん。腱鞘炎になるくらいパターがフル稼動だ。新聞だと警察は犯人を若者と考えているから今のところ捕まる心配はない。孫の結婚が近いから臨時収入は大歓迎だ。ただ膏薬と健康ドリンク代がやたらと嵩むのが痛い。